水のトラブルといえば?
俺達が入門して早くも半年が経つ。
同期も誰1人抜ける事無く続いてて、まぁ楽しく充実した毎日ってやつやわ。
人間の適応力ってのは凄いもんで、入門当時はあれだけキツかった基礎練習も、今では難なくこなせる様になってきた。
正直、それは同期の奴等が居てくれたからやと思ってる。
アイツ等に負けたぁ無いっ!その一心でリタイアせず続けて来れたんは確かやし、きっとアイツ等もそう思って頑張って来たんとちゃうやろか?
あ、そうそう!
道場破りからまさかの入門というサプライズをブッ込んで来た川瀬やけど、奴も元気に続けてる。
23歳で年齢は1番上やけど、俺達より1ヶ月後輩という複雑な関係…
でもそれも煩わしいよなっ!?て事になり、同期扱いでお互いタメ口で話してるわ。
せやけど相変わらず、奥堂コーチとはしょちゅう揉めてて…
「オラッ!どうした茶坊主っ!?これくらいで音をあげててレスラーなれる思うとんのかいっ!?諦めてとっとと帰った方がええんとちゃうけ…んん、ボクゥ?帰ってママに甘えたらどうでちゅかぁ~?」
「んだっコラッ!1回勝ったくらいで調子乗っとるんとちゃうぞっ!!テメエこそとっとと老人ホームでも探して隠居しやがれっ!!ボケて尿もれとかされても俺達が迷惑するんでな♪」
「んだとテメェッ!コーチに向かってなんちゅう口ききよるんじゃっ!!もっぺんキッチリとカタァハメたろかいっ!?」
「次も勝てると思うなよコラッ!!」
「せっかく入れた前歯、もっかいヘシ折ったらぁっ!!」
「やれるもんならやってみいっ!!」
「ブッ殺すっ!!!」
毎日こんなやり取りを、短いスパンの再放送が如く見せられてる…てか見飽きた。
練習を終えて談笑してた俺達に、おっとりながらも馬鹿デカイ声が響いた…
「お~い!モリスエ~?モリスエはおらんかぁ?」
声の主は入門4年目の先輩レスラー、馬田 上之助さん。
あ、勿論リングネームであって本名やあらへんで。
色々問題のありそなリングネームやけどな…ハハ
惜しくも亡くなられた上田 馬之助さんを心底リスペクトしてはって、古き良き昭和時代の様なヒールを目指してるんやと。
せやから名前だけやなくて、金髪に髭面で赤のロングタイツと見た目までもパク…オマージュしてはる。
入場時に竹刀を振り回して暴れるし、ロングタイツの中には凶器のフォークも隠してるという徹底ぶり…
それならいっその事、御遺族に許可貰って正式に二代目を名乗らせて貰ったらどないです?って訊いてみたら…
「そんな烏滸がましい真似出来へんよ…それにお前…勉強不足やぞ。二代目 上田馬之助さんは既におられる。だから俺はこの名前でこのスタイルを伝承するんや」
少し寂しそうにそない答えはった…
実はこの人…悪役レスラーやってるけど、普段はメチャクチャ優しいんよ。
マジで〝聖人かっ!?〟って位に優しい先輩やねん。
でもファンの前では徹底してヒールを演じてはる。
それを見て〝プロやなぁ〟といつも感心させられてるんや。
あ、この話はファンには内緒やで…夢壊したらアカンから…なっ!?
「あぁ…モリスエやったらコンビニ行く言うて、さっき出て行きましたけど…どないしはりましたん?」
ティラノが答えると
「そっかぁ…参ったなぁ…でもコンビニ行っただけやったら直ぐに戻るんやろ?」
「ええ、多分」
「なら良かったわ♪戻ったら俺の部屋に来るように伝えてくれるか?」
「それはいいですけど…何事です?」
「いやな、どうも洗濯機の調子が悪ぅてなぁ…ちょっと見て貰おうかな…と」
「あ、それなら僕が見ましょうか?こう見えても機械いじるのは得意なんで…」
そう言いながらトリケラが立とうとしたけど、馬田さんは手を前に出してそれを制した。
「いや…これはどうしてもモリスエに頼みたいんや、いや…モリスエやないとアカンのや」
な、何故にそこまで頑なに…?
俺達の頭上に〝?〟が浮いてるのが見えたのか、すかさず馬田さんが言う…
「あぁ…いやなに…昔、水回りの修理業者のテレビCMで〝水のトラブル、クラ~○アン♪〟てのがあってだな…それに森末慎二さんが出てたもんやから…ハハハ」
こ、この人…マ、マジかっ!?
馬田さんは、言葉を失った俺達に背を向けると…
「ほんじゃまぁ伝えといてな~頼んだでぇ♪」
片手をヒョイと上げながら去って行った。
それから5分後…
噂のモリスエがコンビニから戻って来たので、俺は言いにくさを感じながらも…
「あのよモリスエ…馬田さんが部屋に来て欲しいってよ…なんか備え付けの洗濯機が調子悪いとか何とか…」
そう伝えた。
「あ、そうなんスね。わかりました、ちょっと行って来るっス」
「わ、わかりましたってお前…そういうの得意なタイプ?」
「いえ…得意では無いっスけど、しょうがないっスから」
「しょうがない?何が?」
モリスエは力強い眼差しで俺を見返すと、これまた力強く言葉を吐き出した…
「だって俺…モリスエっスから。このアダ名になった時からこうなる覚悟はしてたっスから」
な、何?その使命感…?
言い放った奴を呆然と見つめる俺達…
それを尻目にモリスエは
「んじゃ…ちょっくら行って来るっスね」
そう言って鼻歌まじりに部屋を出た。
そしてその鼻歌は、閉じられたドアの向こうからもハッキリと聴こえて来たんや…
〝水のトラブル、クラ~○アン♪〟




