道場破りの末路
リング上から放り投げられた川瀬は、下に落とされても未だ股間を押さえて呻いとった。
「うぐぐ…テ、テメエ…汚ねぇ手を…っ!」
「あん?潰されなかっただけ感謝せぇや、なんたってワシの半分は優しさで出来とるさかいな♪」
えっと…それ初耳っす…てかアンタはバファリンかっ!?
まぁなんにせよ…
奥堂さんは首をコキコキ鳴らしながら答えると、自らもリング下へと飛び降りた。
そして再び髪を掴んで無理矢理立たせると、そのまま顔面をコーナーへと叩きつけたんや。
「ガハッ…!!」
白い破片と赤い液体を飛び散らせながら川瀬が崩れ落ちた。
「エ、エグいな…おい…ちょっとやり過ぎじゃねぇか…アレ?」
ティラノが引き気味に呟く。
これが耳に入ったらしく、奥堂さんがこっちをチラ見して言いはった…
「アホゥ、その為に誓約書を書かせたんやんけ。それに…まだまだこれからやし…な」
奥堂さんは、さっきまでティラノが白目剥いてた場所へ小走りで向かうと、パイプ椅子を手に取り小走りのままで戻って来た。そして…
「せぇ~のっ♪」
掛け声一閃、立ち上がろうとする奴の頭へとフルスイングで振り下ろしたんや…
鈍い音と共に椅子の座る部分が壊れてしもぅた。
川瀬が衝撃で床へと這いつくばった…
そして涙目で
「ぼ…ぼぅぶりでず…ば、ばいりばじだ…」
(も…もう無理です…ま、参りました…)
しかし…奴の不幸は歯が抜け落ちていた事…
「あん?悪いな兄ちゃん…何言ってっかわかんねぇわ♪」
奥堂さんは悪びれるでも無く頭を掻くと、虫の息となった川瀬へと近づいた。そして…
「フンヌッ!!」
太い気を吐きながら川瀬を逆さに抱え上げたんやっ!
〝ま、まさか…このリング下で…っ!?〟
俺の背中にゾワゾワと虫が這うような感覚…
これは…恐怖?
俺だけやあらへん、ティラノもトリケラもモリスエも、顔面蒼白で立ち尽くして声も出せへんかった…
そんな俺達の前で奥堂さんは、一切の躊躇いも見せず自分の身体ごと奴を垂直に叩き落としたんや。
「す、垂直落下式ブレーンバスター…ヤ、ヤバいっスよ…下手すりゃ死んでるっスよアレ…」
モリスエが歯をカチカチ鳴らしながら呟く…
俺も自然に震え出した身体を抑えつける様に、自らの身体を抱き締めた。
格闘技を知らん人間からすれば、たかがブレーンバスターって思うかも知れへん…
そりゃ無理もあらへんわな…
今や痛め技にすらならへん単なる繋ぎ技…そういう認識やろぅからな…
でも、それはたっぷり衝撃緩和のなされたリング上での話や。
でもここはコンクリ剥き出しのリング下…
ブレーンバスターやボディスラムの1発でも必殺技になってまう。
実際に川瀬の奴は口から泡吹いて、白目を剥いたままピクリとも動かへん。
そんな川瀬の口元に耳を寄せた奥堂さん…
「おぅおぅ、ちゃんと息しとるわ♪死んでへん死んでへん♪」
そう言って立ち上がると、更にこない続けはった。
「どや?これがプロレスラーのケンカや。金玉掴んだり椅子を使ぅたり、汚いって思うかも知れへん…せやけどな、急所攻撃や凶器攻撃を含めてプロレスや。こいつはプロレスラーと闘りたい言うたんやから文句は言わせへん。まぁ…一応フィニッシュにはちゃんと技を使わせて貰たしな♪」
未だ黙ったままの俺達に、空気を裂くような声が響くっ!
「何黙っとんじゃっ!返事わいっ!?」
「お、押忍っ!!」
「べ、勉強させて頂きましたっ!!」
「ご、ごっつぁんですっ!!」
思い思いの返事を返すと、奥堂コーチは満足そうに頷いた。
「よっしゃ!なら…今日の練習はここまでにしとこかぁ」
「ありがとうございましたっ!!」
横並びで頭を下げる俺達の前を通り過ぎたコーチ…やけども、2~3歩行った所で徐に振り返った。
「不惑と寺野はその兄ちゃんの介抱したれや。
暫くしても目ぇ覚まさんかったら、念の為に救急車呼んだれ。そん時ゃさっきの誓約書もちゃんと見せるんやど、やないと警察沙汰なるさかいな」
「押忍っ!」
ヒョイと手を挙げて再び歩き出したコーチ。
がっ!何やら思い出したらしく、又も数歩で足を止めた。
そして振り返った顔は、試合中ばりに鬼の形相…
「お~も~い~だ~し~た~で~…
クォルアッ!!虎池と喜界っ!!おどれら、さっきワシが喋っとる間に寝くさりよったやろっ!?こんのクソガキ共がぁ…さっき言うた通り、おどれら2人はスクワット1000回じゃっ!!」
「押忍っ!し、失礼しましたぁっ!!」
弾かれた様に背筋を伸ばした2人が、今日イチの返事をした所で今日の練習&特別講習は終わりとなった。
…2人は言われた通りスクワット始めたけどな♪
奥堂さんが道場を去ってから約1時間後…
ちょうど2人がスクワットを終えた頃になって、ようやく川瀬が目を覚ました。
「お、やっと起きたか?」
「……」
川瀬は無言のまま立ち上がると、ふらつく足取りで去ろうとする。
「おいおい…無理すんなや…救急車呼んだろか?」
声を掛けるが…
「いだんっ!」
(いらんっ!)
一言だけ答えると、振り向きもせずに消えて行った。
悔しいやろな…
惨めやろな…
それは痛い程に解るで…
実際、頑張ったと思う。
でも同情や賛辞の言葉を掛けたところで、今の奴には恥辱でしかあらへん。
これで心が折れるんか、それとも更に上を目指すんかは奴次第や…な。
それから暫くは普段と変わらん生活が続いた。
でも3ヶ月が過ぎた頃、1人の訪問者が現れたんや。
でも今回は道場破りやあらへん。
飛び込みでの入門志願者や。
そして現れた男が手渡して来た志願書にはこない書かれとった…
氏名
川瀬 亜門
格闘技経験
・アマチュアレスリング
・ボクシング
・空手




