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中指 立てたら  作者: 福島崇史
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ショータイム

奥堂コーチがタレ流した緩い空気やったけど、2人が構え直した瞬間から締まった物へと戻った。


川瀬が牽制の左ジャブを放つが、奥堂さんは意にも介さん様子でガードもせんままグイグイと前へ出る。

せやけど川瀬が足を使って上手く逃げ回る為、未だ捕まえる事は出来へん…


「まずいっスね…」

モリスエが呟いた。


「まずい?何がまずいねや?」

ティラノが訊き返すと…


「一見すれば、コーチが追い詰めていつかは捕まえる展開に見えるっスけど、いくら何でもジャブを喰らい過ぎっス…相手はあのガタイっスよ?ヘビー級が放つジャブは中量級のストレート並みっス。その蓄積ダメージはバカにならないっスから…」


「ケッ!アホかっ!!レスラーの打たれ強さの事を忘れてへんけ?その蓄積ダメージとやらが発動する前に、奴を捕まえてキッチリ地獄見せてくれるわいやっ!」


「いや…仮に捕まえる事が出来たとしても、相手はレスリング経験者っス…そう簡単に優位に立てるとは思えない…ましてこう言っては(なん)ですが、コーチは現役を離れて随分経つし、何よりもうお年っス…スタミナ面でも技術面でも不利でしか無いっスよ…」


ティラノはそれ以上反論をせぇへんかった。

その代わりに不安そうな目でリング上の動きを凝視してたわ…

すると試合展開に動きがあった!

ついに奥堂さんが川瀬の奴をコーナーへと追い詰めたんやっ!!


「ようやく追い詰めたでぇ…手間ぁかけさせてくれたのぅ兄ちゃん…」


いや、奥堂さん…アンタの風貌でその台詞は闇金の取り立てにしか見えないです…


「勘違いしとらんかオッサンよ?俺は捕まるんが怖ぁて逃げ回ってたんとちゃうでぇ~。高齢の上に仕上がってないその肉体(からだ)…先ずはアンタのスタミナを奪ったろぅ思てなぁ♪」


そう言うと川瀬は、なんと自ら奥堂コーチの懐へと飛び込んだんや。

そして正拳突きとローキックのラッシュ!!


「オラオラオラッ!嘗めんなよオッサンッ!!

空手家は密着したこの距離が1番得意なんじゃっ!!」


正拳突きを受け、奥堂さんの緩んだ腹が波打つ…

頭部だけはガードを固めてるけど、それ以外は喰らい放題の〝打撃バイキング〟状態や…

息を呑んで見守る俺達やったけど、トリケラの奴だけが冷静に呟いた。


「安心しろ…心配要らんよ」


「いや…どない見てもヤバいやろぅよっ!?」


地団駄を踏む勢いで俺が言い返すと…


「確かに密着しての打撃の応酬は空手家が最も得意とするところ…〝打撃の応酬〟なら…な。

それにお前ら1つ大事な事を忘れてないか?」


「大事な事…?」


「あぁ…密着しての闘いは空手家よりプロレスラーの方が得意だって事さ」


た、確かにっ!

今まではコイツの標準語にイラッと来る事もあったけど、今回ばかりは逆に妙な説得力を感じるわ。

あ…言うて無かったけど、トリケラこと虎池だけが関東出身なんよ。

俺達のそんな会話が聞こえてかはわからんけど、奥堂さんも川瀬に言う。


「アホか…嘗めとんのは兄ちゃんの方やろが…密着しての闘いはなぁ、ワシらプロレスラーの方が数枚は上手(うわて)なんじゃっ!!」


叫ぶなり奥堂さんは川瀬の手首を掴んだ。

ラッシュ疲れで回転数が落ちて来た所を狙いはったんやっ!

そしてそのままロープへ振る動き…

いやっ!ロープへは投げずに掴んだ手をそのまま引き寄せはったっ!

振り子式で戻って来た所に強烈なラリアットを叩き込むっ!!

せやけど川瀬も大したもんや…大きく()け反ってグラつきはしたけど、ダウンは(まぬが)れよった。

しかぁ~しっ!我等が奥堂コーチも手を止めへんっ!!


「これで終いじゃっ!!」


そう叫ぶと川瀬の頭部を両手で包み込み、そのブルドッグみたいな顔を反動をつけて川瀬の鼻っ柱にぶちこんだんやっ!

とどめの一本足頭突きっ!!

川瀬が奥堂コーチの身体に沿ってズルズルと崩れ落ちるっ!!!


「ウォッシャアァ~!決まったあぁ~っ!!」


歓喜に湧く俺達っ!

しかし又もやトリケラだけが冷静に呟いた。


「いや…まだや…」


俺達がリング上に視線を戻すと、崩れ落ちながらも川瀬の奴が奥堂さんの腰に手を回しとった…

あれはまるで〝効いてるのにダウンを誤魔化す為にタックルに見せかける〟前田日明兄さん戦法やんけ…あ、アキラ兄さん…ディスってスンマセン…


「まだや…まだやでぇ…まだ終わってへんどコラァッ!!」


吠えながら奥堂さんをテイクダウンッ!

そしてそのままマウントポジションまで奪いよった!

な、なんちゅう執念や…


「イッツ ア ショータ~イム♪」


曲がった鼻からダラダラと血を流し、怖い笑顔で呟いた川瀬…

そのまま奥堂さんの顔面目掛け、狂った様にパウンドを降り注がせるっ!


〝ヤ、ヤバい…〟


誰もがそう思った時、川瀬の動きが何故か止まった。


〝?〟


よくよく見てみると…両手の親指だけを立てて、川瀬の肋骨の隙間にめり込ませてはる。

そしてそれをグリグリと更に奥へと押し込むっ!


「グァハッ…!」


川瀬が太い息と共に苦悶の表情を浮かべた瞬間、奥堂さんがエビの動きで腰を跳ね上げたっ!

その衝撃で2人の身体に隙間が出来るっ!!

するとすかさず奥堂さんは、その隙間へと右手を差し込んだ。そしてその手は…

川瀬の睾丸を握っていた…


「フングッ…!」


又も悲痛な声をあげる川瀬やけど、そんなもん知った事っちゃ無いとばかりに睾丸を握った右手を横に振る奥堂さん…

川瀬はといえば、当然こらえ切れずに身体ごと横へ持って行かれた。

エ、エゲツな…こんなマウントの返し方、初めて見たわ…


まだ額に脂汗を浮かべ、自らの股間を押さえて(うずくま)ったままの川瀬。

(おもむろ)に立ち上がりそれを見下ろす奥堂さん。

しかしまだ試合は終わってない…

奥堂さんは川瀬の髪を掴んで無理矢理に立たせると


「イッツ ア ショータ~イム♪」


そう言って川瀬を、ロープの間からリング下へと放り投げたんや…



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