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中指 立てたら  作者: 福島崇史
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道場破り

道場破り…

よりによって先輩レスラーが誰も居ないこんな時に…

え?なんで誰もおらへんかって?

自宅から通いの先輩方は当然、朝の合同練習が終わったら各々の生活に戻って行く。

ほんでもって寮暮らしの先輩方も、合同練習が終わったら皆で連れだってどっかに出掛けてしもぅてたんや。(多分、風俗やろぅな…)


〝よしっ!ここは俺がっ!!〟


俺が決意を固めて前に出ようとしたその時…


〝俺に()らせて下さいっ!!〟


一足早く奥堂コーチに直訴する声が響いた。

声の主は…ティラノこと寺野 竜士。

チッ!先を越されたかぁ…喧嘩っ早いコイツらしいわ…

俺が諦めの溜息をついた瞬間…


バゴンッ!!


すんげぇ炸裂音と共に寺野の姿が視界から消えた。

そして再び響いた炸裂音と耳障りな金属音…

そちらへ目をやると、パイプ椅子を身体中に絡みつかせた寺野が白目を剥いとった。

つまりは…

1度目の炸裂音は奥堂コーチが寺野をブン殴った音で、2度目の炸裂音はブッ飛んだ寺野が壁にぶつかった音。

ほんでもって金属音は、壁際に並んで立て掛けてあったパイプ椅子が崩れて、寺野に絡まった音って訳やな…

俺は心底思った…


〝寺野より先に出んで良かったぁ…〟と。


そして白目を剥いたままの寺野へ向かって手を合わせ


〝成仏してくれ…南~無~…〟


そう付け加えといた。



「他にやりてぇ奴ぁおるか?」


奥堂コーチが凄んだ表情で俺達に問う。

俺達の答え?

フンッ!愚問やでっ!!

強さに憧れてこの世界に入った俺達やでっ!?

答えは1つに決まっとるっ!!


「いえいえ…滅相もございません…はい…」


俺達は3人並んで顔の前で手を振ってましたとも…ええ…ハハハ…なんか、さぁせん…

それを見た奥堂コーチは太い鼻息を吐きながら寺野へと視線を移し


「茶坊主が生ぁぬかしよってからに…こういう輩の相手ぇするってのはプロレスを背負える様になってからやっちゅうねん…」


そう呟いてから道場破りへと歩み寄った。


「兄ちゃん…ええガタイしとるし面構えもええ…さぞかし自信があっての事なんやろぅなぁ…?」


「ハンッ!当たり前やっ!!プロレスラーなんて裸踊りの見世物連中に敗けてたまっかよっ!」


俺達を見る男の目は完全に見下した物やった。

ムカつくっ!がっさムカつくやんけっ!!

思わず俺は前に出そうになったんやけど…

未だ壁際で白目を剥いとる寺野を見て思い止まった。うん…ああはなりたくないんだもの…


「ほぅ…言うねぇ兄ちゃん。でもなぁここに来るお前みたいな輩は、み~んなそう言いよるんや…〝プロレスなんて〟ってなぁ。ついでに教えといたるが、そう言うて自分の足で帰った奴は1人もおらん。悪い事は言わん…兄ちゃん、ケガせん内に帰りぃ…今やったら笑って済ませたるさかい…なぁ?」


にこやかな顔でサラッと怖い事を言う奥堂コーチ。


「なんや…やっぱりかいな♪」


「あん?何がや?」


「いやぁ…やっぱ〝暗黙の了解〟が無い闘いは出来へんのやなぁ…って思てなぁ…へへへ♪」


この一言で奥堂コーチの顔色が変わった。


「兄ちゃん…せっかく無事に帰れるチャンスをふいにしてしもぅたのぅ…わかった、相手したるわ」


「せやけど見た所…入門したてのジャリタレしかおらへんみたいやんけ…そんなチンカスに勝ってもしゃあないし、また日を改めて出直すわいな」


ポリポリ頭を掻きながら背中を向けた男に、奥堂コーチが低い声で言い放った。


「ワレの目は節穴かいな…?ワシがおるやんけ」


歩き始めてた男の足がピタリと止まる。

そしてゆっくり振り返ると


「ジャリタレに勝っても嬉しゅう無いし、アンタみたいなロートルに勝っても嬉しゅう無いわいな。現役バリバリの有名選手に勝たんと…な」


そんな事を抜かしよったっ!

コイツ…さっき目の前で寺野がブッ飛ばされるん見ときながら、どエライ自信やんけっ!!

そんな寺野はと言うと…

相変わらず白目は剥いてるけど、何故かヘラヘラ笑いながら


「無理ッス…もう食えないッス…へへへ…」


って譫言(うわごと)言うてはったわ。

うん…生きてるみたいやね…元気そうで何より…

まぁ…それは置いといて…奥堂コーチも言われっぱなしでは終わらへんっ!


「なんや兄ちゃん…こんな年寄りに敗けるんはやっぱ怖いんかいな?」


「敗けるぅ?俺がぁ?アンタにぃ?」


男が怖い笑顔で訊き返す…


「応よ♪お前は箔をつけるつもりで威勢よく乗り込んで来たけど、五十路のオッサンにボロクソやられて救急車で病院に直行する…アホでマヌケな男ってレッテルが貼られるんやでぇ♪」


「フン…悪い冗談やけど、ちっとも笑えん冗談やのぅ…ジジイは大人しゅう引っ込んどればええもんを…ちぃ~とお灸据えて後悔させたらなアカンみたいやのぅ…」


「お♪やる気になったみたいやな兄ちゃん。

ほんならこっち来て誓約書書いてくれるか?」


「誓約書?」


「あぁ…これは正式な〝試合〟なんでな。ケガしようが最悪死のうが責任は問いません…って誓って貰わんとなぁ。勿論俺も書くから安心せぇや♪」


「フン…手の込んだ事っちゃのぅ…わかったわいな、書きゃええんやろ書きゃあ」


男はそう言って奥堂コーチから誓約書を受けとると、近くの机に置いて俺達の目の前でそれに記入し始めた。


男の名前は川瀬(かわせ) 亜門(あもん)

バックボーンはアマチュアレスリングとボクシングと記入されていた…






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