マウントポジションからの…
ピーカーブースタイルを捨てた俺が次に選んだのは、アップライトスタイル…所謂ムエタイ式の構えやな。
後ろ足に7割、絶えずリズムを取る前足に3割の重心で、ガードの為に高く上げた両手を蛇の鎌首みたいにユラユラと動かす。
正直、MMAルールに向いてる構えや無い…
腰の位置が高く体重も後ろにかかり過ぎてる為、タックルにはメチャクチャ脆いからな。
でもそれは合点承知ノ助やっ!(古っ!とか言わんといてな…親父がチョイチョイ言うもんやから感染ってしもたんよ…)
パンチを捨てた俺には打撃は蹴りしかあらへん。
その蹴り技を十分に活かす為にこの構えを選んだんや。
確かに技術やスピードは彼女の方が上や…
でも体重とパワーは俺が遥かに上回る。
技術とスピードの差を埋めてお釣りが来る程に…多分。
「ほっ!?今度はアップライトかいな?一貫性があらへんなぁ…そんな事やから、あないにシャバい事を考えてまうんやで?そんなフワフワしとってホンマにプロレスラーなんかなれるんかいな?」
「なんとでも言えばええ…俺には俺の考えがあっての……」
「それが間違いでもかいなっ!?」
怒声にも似たそそぐちゃんの声が俺の言葉を遮った。
「間違いを認めて軌道修正する柔軟性も持ってへん奴は、何をやっても大成せんわいなっ!
アンタのは初志貫徹やなくて、ただの〝いこじ〟(頑固の事)やろがっ!?」
そう叫んだ彼女が左ジャブから右のローキックへと繋ぐ。
打撃の基本〝対角線〟のコンビネーション…見事や。
でも俺はそれを前足でキッチリとガードし、彼女が蹴り足を引くと同時にタックルを仕掛けた。
まさにベストタイミングのナイスタックルッ!
体格差もある…これならまず潰されへんっ!!
案の定、彼女の足が定位置に戻ると同時に、俺の腕は彼女の腰へと届いた。
〝よしっ!このままテイクダウンして、マウントポジションを…〟
そう思ったのも束の間…
〝アレ?〟
俺の視界に映る景色が上下逆さまになった…
彼女は瞬時に上からガブると、巴投げの要領で俺を後方へ投げたらしい。
〝マ、マジかっ!?反応早過ぎるやろっ!?〟
でも驚くのはまだ早かった…
彼女の動きはまだ止まってへんかったんや…
彼女は俺を投げると同時に自ら後転し、投げ終わった時には俺の上へと位置取っていた。
情けないったらあらへんっ!
マウント狙ってタックル仕掛けたのに、蓋を開ければ逆にマウントを取られてしもてるなんて…な。
俺に跨がったまま狂暴な笑顔で舌舐めずり…
そして一言
「イッツ ショ~タ~イムッ♪」
そんな展開を想像したけど、俺の予想に反して彼女は険しい表情…というより悲しげな表情やった…
そしてその表情のまま高々と拳を振り上げるっ!
本能的に頭部をガードする俺に、その拳を容赦なく叩きつけて来たっ!
「なんでやっ!?なんで解らへんのやっ!?」
拳と共に悲痛な声も降り注いで来る…
「何が異種格闘技戦は無敗のままアイツと闘りたいやっ!?」
一発打つと同時に一言叫ぶ…
「アンタ…そんなに敗けるんが怖いんかいなっ!?」
「な…?」
「鉄は打たれて、叩かれて、焼かれて強ぅなるんとちゃうんかっ!?」
拳と叫びの豪雨が降り注ぐ…
「チャラ男はどないやねんっ!?アイツも無敗のままアンタと闘れる訳ちゃうやろっ!?」
「っ!!」
「敗けも知らんと辿り着ける程、王座は安いもんちゃうやろっ!?そんな容易く手が届く場所になんてあらへんやろっ!?」
打ち疲れたのか、彼女のパンチの威力が弱まった…
「チャラ男は敗ける事も覚悟して…勝った敗けたを繰り返して強ぅなるんとちゃうんかっ!?
辛さも乗り越えてチャンピオンを目指すんとちゃうんかっ!?それやのに…それやのにアンタは何んやっ!?」
彼女の手が完全に止まった…
今はただ俺の上に跨がって、想いだけをぶつけて来る…
そしてもう1つ気づいてしもた…
彼女の声は震え、目からは涙がこぼれそうになってたんや…
「アイツは…チャラ男は…打たれて、叩かれて、焼かれて日本刀になる鋼や…でも何んの覚悟も持ってへんアンタは、100均の包丁みたいやんかっ!!それでええんかっ!?」
言い終えたと同時に、彼女の目からは堪えていた涙が溢れ出してしもた…
そして俺は…
〝パン…パン…〟
ゆっくりと彼女の太ももを2度タップしたんや。
「え…?」
「参った…ギブ…ギブアップや…」
「な、何んで…?」
彼女にマウントポジションを取られたままの状態で言葉を交わす。
「そそぐちゃんの言う通りやな…俺達が目指す場所はそんな易々と辿り着けるもんとちゃうよな…俺が甘かった…目が醒めたわっ!ありがとうなっ!!」
「ビッツ…解ってくれたんっ!?ビッツッ!?」
いや…あの…この場面でその呼び名はやめて頂けると非常に有難いんですが?
まぁ…ええけども…
「うん…俺は勘違いしてたわ…そうよなぁ独りよがりやったよなぁ…アイツの…柔の覚悟なんか全く考えて無かったもんなぁ…ほんま情けないわ。シャバい言われてもしゃあないわな…ハハハ」
「じゃあ…?」
「あぁ…次の入門テスト…受けてみるわっ!」
「良かった…ほんまに良かった…」
彼女が再び肩を震わせる。
「あのさ…」
「ん?」
「もう泣かんといてよ…やっぱ惚れた女の子が泣いてんのを見るのは…その…俺も辛いから…さ…」
「っ!!!」
「いや…その…俺なんかの事で泣いて欲しく無いなぁって…ハハハ…ハハ…ハ…」
「この場面でさっきの台詞はズルく無い?」
「で、ですよねぇ……」
「アンタが話したかった事ってこの事やったん?」
「ん…まぁ…そう…やな…」
「それ、アンタが勝ったら話すって約束だったよね?完全にルール違反やんね?」
「……ゴメン…そう…なるな…」
「そんなんじゃ許されへんなぁっ!!」
「そこをなんとか…」
「駄~目っ!」
彼女が意地悪な笑顔を向けた。
少々怖いけど、泣き止んでくれたので一安心や。
「じゃあ…どないしたら許してくれるん…?」
「せやなぁ…この状態、マウントポジションから試してみたい技が1つあるから、それをやらしてぇなっ!?」
「え~っ!!?」
「嫌とか言える立場?」
「ングッ…わ、わかったよ!わかりましたよっ!!腹くくったから煮るなり焼くなり好きにしぃなっ!」
「ん!それでええねんっ♪まぁ…私もした事の無い技やねんけど…」
そう言うと彼女は…
その柔かな唇を俺へと重ねた…
「っ!!!」
「マウントポジションからの…キス…これがさっきの台詞への返事…」
「そ、そそぐ…ちゃん…」
「プロレスラーなったら1年くらいは合宿所生活なるんやろ?」
「あぁ…そうなるやろ…な」
一瞬だけ寂しそうな顔をした彼女やけど、直ぐにそれを打ち消す様な笑顔で…
「私…ちゃんと待ってるから…どうせ私はあと1年高校生やしさ…だから…だから私の卒業式には本物のプロレスラーになって会いに来てぇな?」
そう言ってくれた。
だから俺は…
「あぁ…絶対に…約束するよ」
そう答えて彼女を抱き締めた。
そしてこの夜、俺は…学校以外もう1つの物を卒業したんや…
悪いな島井…お先に~♪
ー・第1部 完・ー
来週から第2部〝プロレスラー編〟が開始ですので、引き続き御笑覧頂ければ幸いです。




