ファッキューポーズvsアサリのポーズ?
初めて見たそそぐちゃんの涙に俺はたじろいだ…
だってそうやろ?いつも強気で勝ち気で、皆んなから〝狂戦士〟なんて揶揄されとる子の涙やで?動揺すんなっちゅう方が無理やって…
「そ、そそぐ…ちゃん…」
「な、泣いとるんちゃうからなっ!」
彼女は背中を向けて、涙を拭いながらそう言った。そして…
「ちょっとついて来ぃっ!」
「え…ちょ、どこ行くんな…?」
「ええからっ!」
未だ怒気を含んだ声に背中を押され、俺の身体は自然と立ち上がっとった。
歩き出した彼女の後ろをトボトボついて行く…
すると意外にも、目的地には玄関を出て2秒で着いた。
「着いたで…ここや」
「へ?ここって…」
「うちの駐車場や」
そう…着いたのは彼女の言う通り駐車場。
家に隣接しとる、屋根付きで車が2台ほど停められる普通~の駐車場…
「えっと…こんな所に連れて来てどないするん?」
すると彼女は、俺の問いには答えず、駐車場の隅に屈みこんで何やら作業を始めた。
俺もそれ以上は深追いせず、黙ってその様子を伺う。
すると彼女の屈んでいた辺りの床が、1ヶ所ポッカリと口を開けた。
どうやら地下へと行けるようになっているらしい…
「さ、こっちや…アンタもおいでっ!」
地下への梯を降り始め、首から上しか見えへんようになった彼女が鋭い視線を投げて来た。
「あ、あぁ…」
言われるまま彼女に続くと、地下にも上の駐車場と同じ位のスペースがあった…
そしてそこが何んなのかは直ぐに理解が出来た。
床に敷きつめられたマット…
無造作に転がっとるダンベル…
壁にはグローブやパンチングミット、キックミットの類いが掛けられ、天井からはサンドバッグまでが吊るされとる…
そう、ここは彼女のトレーニングルームやったんや。
「す、すげぇな…オイ…」
「何を呆けとんねんっ!ボサッとしとらんと、とっとと準備せんかいなっ!!」
「へ…?準備…?と、申しますと?」
「あのドレッドのチャラ男から聞いたけど…
アンタ、いつでも闘えるようにって服の下はいつもプロレスのタイツ身に着けてるんやろ?」
「あ、あぁ…(あのおしゃべり生殖器めっ!)」
「奇遇やなぁ…実は私も服の下はいつもトレーニング用のタイツを身に着けとってな…」
そう言いながら彼女は服を脱ぎ始める。
見ちゃ駄目な気がして反射的に背中を向けてしまった俺に、彼女の尖った声が飛んで来た。
「オラッ!アンタもとっとと脱がんかいっ!!」
振り返った俺の目に入ったのは、上下分離型のトレーニングタイツとなった彼女が、オープンフィンガーグローブを着用する姿やった。
「えっと…まさかとは思うけど…」
「アンタはアホかっ!?この状況で、その〝まさか〟以外に何があんねんっ!」
やっぱり…ね
「アンタ…さっき言うとった直ぐに入門せぇへん理由ってやつ、どれだけ格好悪いセリフを吐いてたかっていう自覚無いんやろ?」
「……」
「ほら…やっぱ解ってへん。今から私がその曲がった根性叩き直したるから、とっとと準備しいっ!!」
解ってへん?
解ってへんのはそそぐちゃんの方やでっ!
俺が柔との約束にどれだけの熱量を込めてるか…
昨日今日知り合った奴に何が解るねんっ!!
段々と腹が立って来た俺は、無言・無表情のままで服を脱ぎ捨てた。(無塩・無添加みたいに言うなっ!と、セルフ突っ込みは入れておく…)
「へぇ…ちょっとは癪に触ったみたいやな…
ええ表情になったやん、さっきとはまるで別人や」
「そそぐちゃん…そそぐちゃんの真意は解らんけども、そそぐちゃんも俺の真意は解ってへん。人にはそれぞれ思想や考え方ってもんがあって、必ずしもそれは一致せぇへんのが当たり前や。せやからこの世から戦争は無くならへんのやろけどな…」
「そうやな…アンタの言う通りや。でもな、この件に関しては絶対にアンタが間違ってるっ!」
「……やっぱ…話し合いじゃ解り合えん…みたいやな…」
「そういう事…やな。せやけどこれは思想の違いから来る野蛮な喧嘩や戦争とはちゃう…やろ?」
「あぁ…ちゃう…ちゃうな。幸いにも俺達は格闘家や…こんな時に解り合う為の手段を別に知ってるもんな…幸せな事や」
荒ぶってた彼女がようやく笑顔を見せ、俺も笑みでそれに応えた。
「グローブは?」
「要らんよ…基本、プロレスでは顔面へのパンチは反則やからな。まぁ…5秒以内なら何やってもええって特殊なルールもあるけども…今日は純粋にプロレスの技しか使わへんから要らん。でもレガースだけは着けさせてくれな」
「ご自由に」
俺は壁に吊るされてたレガースの1組を取り、焦る事無く自らの脛に装着する。
その間
〝なんでこんな流れになってしもたんやろ?〟
とか
〝俺の告白計画はどこに消えたん?〟
とか、色々な考えが頭を巡りそうになったけど〝アカンッ!〟とばかりにその全てを打ち消した。
そしてレガースを着け終え、徐に立ち上がる。
「お待たせ…」
「準備は出来た?…心の準備も…?」
「応よっ!」
「上等っ!!」
そして俺はいつもの〝儀式〟を行った。
そそぐちゃんに向け、右手の中指を立てて見せる。
「俺がファッキューのポーズをするのは〝ガチンコ〟の合図…所謂シュートサインやっ!手加減も無し、ほんでもって…恨みっこも無しやっ!!」
すると彼女も右手を俺の方へ向けながら…
「手加減て…私の怖さはアンタも知ってるはずやろ?手加減なんかしたらアンタ…死ぬで?
そんでもって私は当然、手加減なんかする気はサラサラあらへんしな♪」
怖い事をサラリと言ってくれる…
ん?ちょ、そそぐちゃん?
今になって気付いたけども…その俺に向けてる右手…俺と同じく中指を立ててるんかと思ってたけど…よく見たら……
握った人差し指と中指の間に親指を挟んじゃってますやんっ!
いや、いくら何でもそれは若い娘さんがやったらあきませんてっ!!
「あ、あのさ…今、自分がやってる右手の形…意味解ってやってます?」
「ん?これ?なんか…前に対戦相手が挑発して来た時にやってたポーズやねんけど…アカンベーを手で表現してる…とか?もしくは砂抜き中のアサリ?」
いや、確かに砂抜き中のアサリはベロンってなってるけど…それを挑発に使うと思ってる君はどうかしてますっ!!(断言)
「あ…意味は知らんでやってたんやね…じゃあ1つ忠告しとくけど、それは2度とやらん方がええよ…理由は俺に訊かないでね…お願いだから」
「へ…なんで?」
「だから訊くなっちゅうねんっ!!」
「ふ~ん…じゃあこないしよっ!?この勝負、私が勝ったらアンタは即プロレス入門&このポーズの意味も教えるっ!」
「え~っと…因みにお訊きしますが、私目が勝った時のメリットは?」
「へ?そりゃ当然、入門までの1年間を修行なり何なり好きにする権利ですやん」
「それ…メリット・デメリットのバランスおかしくね?」
「やいのやいのと五月蝿い奴っちゃなぁ…じゃあ何か希望あるのん?」
舌打ちし、面倒くさそうに頭を掻いた彼女に俺は言った…
「今日、話したい事があるって言ったよな?タイミング的な事とか、色々な事情から話すのを止めとこぅと思ってんけども…俺が勝ったら、その話をさせてくれ…そして、そそぐちゃんにもそれを真剣に聞いて欲しい…この条件でどない?」
「……乗った」
こうして、俺の自由と告白を賭けた闘いが幕を開けた!!




