手作り料理
須磨駅から徒歩10分程のところにそれはあった。
豪邸…とはお世辞にも言われへんけど、2階建ての小ぢんまりとした一軒家。
石で出来た表札には〝毒島〟と文字が刻まれとった。
〝く~っ…着いてしもたぁ~…〟
涼しい季節の涼しい時間帯にも拘わらず、緊張からか俺の身体は変な汗が吹き出しとる。
「さっ!遠慮せんと入って♪」
「あ、あぁ…じゃあ…お邪魔します…」
そのまま玄関を入って直ぐの突き当たりにあるリビングへと通された。
「適当な所に座って寛いでてぇな、私は御飯の準備を続けるからさ」
「あ、ありがと…」
勧められるままソファーの端っこへと身を沈める。
そしてキッチンに向き直ると、俺が来る前から仕込んでたであろう食材の山が目に入った。
〝あぁ…俺の為に頑張ってくれてたんやなぁ…〟
本当に嬉しく、そして彼女が愛しく思えた。
後ろから抱きしめたい程に…
まぁ、包丁を手にした彼女にそんな事をするのは自殺行為やけどもな…ハハハ…
「な、何か手伝おか?」
暫くTVを観ながら待ってたけど、なんか落ち着かなくて声をかけてみた。
「ええからええからっ!今日はアンタが主役で、私はアンタをもてなす…まぁメイドみたいに思ってんか♪」
メイドがもてなす相手に蹴りを叩き込むかね…普通?
いや…待てよ…
前にTVで観たけど…
最近のメイドカフェでは客を四つ這いにして、尻に蹴りを叩き込むサービスがあるらしい…
そういう意味では彼女が正しいのかも知れんな。
……いやいやいやっ!
あれはそういう〝癖〟の持ち主に向けてのサービスであって、決してデフォや無いっ!
危うく納得してまうところやったやんけっ!!
なんて事を考えながら、そのまま1時間程の落ち着かない時間を過ごした。
「お待たせっ!出来たで♪」
彼女に手招きされるまま、キッチン横のダイニングテーブルへと移動する…
するとそこにはテーブルを埋め尽くさんばかりの料理の数々っ!
「うわっ!め、めっちゃ豪華やんっ!!
ええの?こんなにして貰って…?」
「男がこまい事言いなさんなって!頑張ったんやから遠慮せんと沢山食べてなっ♪」
「じゃ、じゃあ…遠慮なく頂くなっ!」
「ん、それでええねんっ♪」
ボウルに山盛りのサラダと大皿にてんこ盛りの唐揚げ…あとは〝おばんさい屋さん〟みたいな器に入った料理が3品。
そして味噌汁と御飯と漬物。
感動した…
正直、彼女がこれ程の料理が出来るとは思って無かった。
嬉々として席に着いた俺は、手を合わせて…
「頂きますっ!」
大声で叫んだ。
「ん、召し上がれ♪」
彼女もニコニコ顔で席に着く。
俺は先ずサラダを小皿に移して頂く事に。
千切ったレタスの上に色々な野菜が彩りを添え、真ん中にはポテトサラダまで盛り付けられている。
まぁオーソドックスと言えばオーソドックスなサラダやな。
ドレッシングはかけずにそのまま頂く。
サラダやから当然ずば抜けて美味い訳や無いけど、それでも彼女が一生懸命作ってくれた事で補正がかかり、めちゃくちゃ美味く感じた。
特にポテトサラダは芋の味が濃くて絶品やった。所々にオレンジ色と緑色の粒が見えるのは…きっと俺が人参やキュウリを嫌いだった時の為に細かく刻んでくれたんやわ…
そんな気遣いと手間をかけてくれてる事が何より嬉しい。
「んまっ♪このポテトサラダ、マジ美味いんやけどっ!?」
「マジでっ!?良かったぁ~♪初めて作ったからちょっと不安やってんけどなっ!」
「これって…もしかしてジャガイモふかして、すりつぶしてっていう全部手作りのやつ?」
「ん…いや違うよ」
「え…?でも買って来たやつじゃないよね?初めて作ったって言ったし…」
「うん。作ったのは作ったけど、芋なんか使ってないよ」
「へ?え、でもこれポテトサラダ…やんな?」
「うん。ポテトサラダ」
「じゃあ…芋を使わんとどうやって作ったん?」
「じゃがりこ」
「……はい?」
「じゃがりこをお湯に浸して、柔らかくなったのを潰したの♪」
「あ…ああ…そうなんや…ざ、斬新やね…ハハハ…じゃあ…つ、次は唐揚げを頂こうかな…ハハハ」
「うんっ!どんどん食べてなっ!」
小さめのそれを小皿に2つ取り、その内の1個を一口で頬張った。
わざわざ一口サイズにカットしてくれてる…
ここでもそんな気配りが嬉しい♪
そしてこれまたメチャクチャ美味かった!
恐らくは市販の唐揚げ粉なんやろうけど、スパイスの効き加減も揚げ具合も抜群やった!!
「いや…これもマジ美味いんですけど?」
「せやろ~♪これは色々と大変やったから思い入れがあるんよねぇ~」
「大変?」
ここでようやく彼女も箸を取り、一緒に食事を始めた。
「ん…あぁゴメンゴメンッ!もてなす立場やのに苦労話なんかしたら遠慮してまうなっ!?
これは私がアカンかったねっ!気にせんと食べてっ!」
唐揚げを作るのにどんな苦労があるのか…
俺は気になりながらも、それ以上訊いたところで彼女は答えないだろうという結論に達した。
いや…それどころか、深追いしたら又もやキレかねへんし…な。
という訳で、話題を変えてっ…と。
「これ、わざわざ一口サイズにカットしてくれてるから食べやすいわっ!ところでこれ…モモ肉?それともムネ肉?」
「ん~…どっちでもないよ」
ん?どっちでもない…てか?
かといって手羽やチューリップとも違うやろぅし…え、じゃあ何処の部位ですのん?
ひょっとして…
「えっと…じゃあ…豚肉を使った…とか?」
「ん~ん。ハズレ」
「食感や味は牛肉の感じや無いし…アカンッ!
ギブアップやっ!!何の肉か教えてっ!?」
「あぁ…それ?カエル。カエルの唐揚げ」
頬張ったそれをブフッと吹き出しそうになったけど、必死のパッチでこらえた俺…
「いやさぁ…さっきの苦労したって話やねんけど…あんまり言う事や無いんやろけどさ…聞いてくれる?」
頷く勢いに助けて貰い、口の中のそれをどうにか飲み込んだ。
「うちの家庭は結構カエルの肉が好きで、しょっちゅう食べるんやけどな、いつも買う店がこんな時に限って品切れしとってさぁ…
せっかくの祝いの席やん?絶対に食べて貰いたいやん?」
いや…余計なお世話っす…
「かといって売ってる店は他に知らんしさぁ…どうやって手に入れようかと思案した訳よ」
いや…マジで余計なお世話っす…マジでっ!
「で、私…閃いちゃったんよ♪」
この時、俺の本能が告げた…
これ以上の事は聞かない方が良いであろう事を…
「あ、あのさ…話したく無いなら…別に無理して話さんでええんやで…?」
「いや、もうここまで話してもぅたんやから、最後まで聞いてぇな♪」
は、話す気マンマンですやん…
俺も覚悟を決めなければならないようだ…
「そ、そっか…で、閃いたって何を…?」
「私な、西区に親戚が住んどってさ、小さい頃はよく遊びに行ってたんよ」
「フムフム…」
「でな、あの辺って未だに田舎やん?当然ながら田畑も多くてさ」
ほほぅ…嫌な予感しかせんのだが?
「で、思い出してんっ!夜になったらそこらじゅうで牛ガエルの鳴き声がしてた事っ!」
や、やはりバッドエンディングに辿り着いてしまった…か…
「いやぁ…大変やったよ実際!こんだけの唐揚げ作ろうと思ったら、そこそこの数を捕まえなアカンやん?」
いえ…存じませんが?
「それにカエルって基本は脚の肉を食べるやん?」
いや、だから存じませんってば…
「でも脚って骨付きやからさ、一口で食べられるように身を全部骨から外してさぁ…ほんまに苦労したんよ~…
でもその手間に気づいてくれたんは嬉しかったわ♪」
いやいやいやっ!
俺の想像してた手間と全然違うんですけどっ!!
「なんかゴメンねぇ…さっき〝もてなしの苦労なんて話すべきや無い〟って言ったばかりやのに、結局全部話しちゃって…でも聞いてくれてありがと、苦労が報われたわ♪」
えぇ…でも俺は今、聞いた事を全力で後悔してますけどねっ!!
「まぁ今日の料理の事で訊きたい事あったら、何でも遠慮なく訊いてねっ!」
「う、うん…わかった…ありがと…」
そう答えながら俺は、2度とこの〝殺人定食〟について訊く事は無かった…
「あ、ついでに言っとくけど、残したら地獄見せるかんね♪」
行っても地獄…
行かずとも地獄…
バッドエンドしか無い恐怖の二択…
と、思いきや…
何が悔しいって…どの料理も本当に美味しく、苦も無く全てを平らげられた事だったりする…
(因みに他のオカズやけど、同じく西区で捕まえたイナゴとタニシを佃煮にした物…
あとはカボチャの煮付けと茄子の揚げ浸し←この2品、マジでオアシスっ!!)
殺人定食…ご馳走さまでしたっ!!




