意外な目的地
須磨駅に到着したのは、指定された〝1時間後〟を10分ほど過ぎてからの事やった…
〝怒ってはるやろなぁ…〟
そそぐちゃんの狂戦士スイッチが入ってる事を予測した俺は、一先ず自販機の陰に隠れてから改札前へと視線を送る。
気分は敵地に潜入した偵察兵やで…
頭の中でメタルギアのメインテーマが流れてるもの…
チラリ…
ん?あれ…?姿が見えんのやけど?
待てんと帰ってしもたんかなぁ…
そんな事を思った刹那、背後に大きな〝空間の歪み〟みたいな物を感じ取った…
〝ゴゴゴゴゴゴォォ~~ッッ…!!!〟
地鳴り?
まるで須磨駅そのものが震えてるかの様な…
恐る恐る背後を振り返った俺の目に映ったのは、惜しむ事無く〝殺意の波動〟を放出し、禍々しい黒きオーラに包まれた彼女だった…
俯き気味だが、チラリと見える口元から半笑いなのが判る…
そしてユラユラと身体を揺らしながら…
「あらあら…いけない子…」
そう呟いて一歩近付く…
「遅れて来たというのに〝かくれんぼ〟かしら…?」
また一歩…
「この私を待たすとは貴方も偉くなったものね…」
いつもと違う丁寧な言葉遣いが、より一層に恐怖心を煽った…
ジリジリと近付く彼女に対し、俺は後退りする事すら出来ないでいる…
気がつけば俺達の距離は1メートルも無くなっていた…
〝や、殺られる…〟
俺の本能がそう告げ、咄嗟に目を瞑る!
次の瞬間、俺の顔面が猛烈な風圧で歪んだ。
しかし…
〝あ、あれ…?痛くない…?〟
そろ~りと薄目を開けると…
俺の顔面手前、僅か数センチの所で寸止めされた彼女の拳がっ!
「今日はアンタの卒業式…祝いの日やから特別にこれで勘弁したるわ。まぁ…次にやったら殺すけどね♪」
ヘナヘナと崩れ落ちた俺は思った…
彼女とこんな会い方するくらいなら、森でバッタリ熊と鉢合わせる方がよっぽどマシやと…
気付けば俺はそのまま土下座の体勢へと移行し…
「あ、ありがたき幸せ…」
半泣きでそう宣ってたわ…
公衆の面前で何やってんだろ俺…
「もうええから、さっさと立ちぃな。そんなんされたら私が脅してると思われるやんっ!風評被害もええとこやわっ!!」
いや…えっと…それ、何も間違ってませんけど?
全て事実なんですけどっ!?
なんて事は当然言えず、そそくさと立ち上がる素直な俺。
「じゃ…行こっか♪」
何事も無かったかの様に明るく言うそそぐちゃん…この子の情緒が時々心配になるわ。
いやマジで。
兎にも角にも…許されたらしき俺は、自然と海岸の方向へと足を向けていた。
すると…
「ちょいちょいっ!そっちとちゃうっ!何処行く気なん?」
「へ?何処って…須磨海岸とちゃうのん?」
「ちゃうわっ!何を勝手に決めてくれとんねんっ!!」
おやおや…やはり今日もお口が悪い…
「えっと…じゃあ…何処行きますのん…?」
にま~っと笑った彼女の口から飛び出たのは、全く予想もして無い言葉やった。
「私ん家」
「……」
「……」
「えっと…今、なんと仰りました?」
「私ん家」
「……」
「……」
「Wha~~tsッ!?」
「うるさいよ」
「い、いや…だ、だって…家って事はご両親もいらっしゃる訳で…こんな格好の上に手土産も持って無い訳で…な、何より心の準備が出来てない訳でえぇぇ~~っ!!」
「だから…うるせえっての」
「いや、しかし…アタフタ…アタフタ…アダプター♪ウヒャヒャヒャwww」
気が動転した俺は、クソつまんねぇ駄洒落なんかを口走っとった…
「おや…先程せっかく長らえたその命、やっぱこの場で散らせたいってか?」
そそぐちゃんがバキバキと指を鳴らす…
「いや…あの……さぁせん…」
するとそそぐちゃん、呆れた様にデカめの鼻息を吐き出しながら…
「ったく…小心者やなぁ…でもまぁ心配せんでええよ。親は親戚の集まりで明後日までおらんから」
「あっ、なるほどっ!それなら安心♪……………………ん?いや…待てよ…?」
「……」
「ええぇぇ~~っ!!?」
「言うと思ったわ…アンタのリアクション、解りやすいけど、昭和の漫画みたいやなぁ…」
「い、いやっ!だ、だってっ!ご両親が居ないって事は…ご両親が居ないって事やろっ!?」
「…そのままやん」
「いやいやいやっ!ご両親の居ない家で2人っきりの方が問題あるやんっ!逆に行きにくいってっ!!」
「今日アンタを呼ぶ事、親にはちゃんと言うてあるよ。だから要らん気は使わんで大丈夫やから」
「で、でも…」
「うるせえっ!!ごちゃごちゃ喚いとらんで、とっととついて来やがれっ!!」
痺れを切らした彼女のタイキックが俺の尻に炸裂っ!
「ヌホッ!!」
又も崩れ落ちた俺に、今度は手を差し伸べながら彼女が言う。
「卒業の祝いくらいさせてぇな…御飯作る準備もしてんだから…さ」
「へ…?ご、御飯…そ、そそぐちゃんが?」
「何か言いたい事でも?」
「い、いや…毒島そそぐの作る料理ってどんなのかなぁ…って…名前が名前だけに毒でも盛られそうやなぁ…ハハハ♪」
「何わろてんねんっ!殺っそっ!!?」
…もう口が悪過ぎて〝殺すぞ〟が〝殺っそ〟になってますやん…
「とにかく…何も気にせんと来てくれたらええから…話したい事、訊きたい事もあるし…ねっ!?」
急に女の子らしい顔でそう言った彼女…
正直、ドキッとしてしまった。
「話したい事…奇遇やな、俺もあるねん」
「じゃあ…」
「うん…喜んでお邪魔させて貰うし、御飯もご馳走になるよっ!」
パアッと明るくなった彼女の顔を見て、やっぱ俺は惚れてる事を再認識した。
彼女が笑うと本当に嬉しい気分になるもの…
夕方も近い須磨の街をゆっくり歩きながら、一歩一歩彼女の自宅へと近付いてゆく。
ここで俺は思い切って、気になっていた事を質問してみる事にした…
「なぁ…そそぐちゃん?」
「ん?」
「1つ…訊いてもええかな…?」
「え…な、何よ改まって…?」
俺の真剣な顔を見て何かを悟ったのか、そそぐちゃんが珍しく緊張の面持ちへと変わった。
「さっきの話…やねんけど…」
「うん…」
「御飯…本当に大丈夫やんねっ!?」
「…はぁ?」
「いや…ずっと気になってるんやけど…そそぐちゃんが料理してる所を想像したらさ…デカい壺に入った紫色の液体を、黒いローブに身を包んだそそぐちゃんがデカいスプーンでかき混ぜる絵面しか思い浮かばんのよね…」
「……」
「ハッ!ま、まさか…食事に誘っといて、俺を食材にするなんて事は…い、いくら何でも無い…よねっ!?」
「…すぞ…」
「はい?」
「殺すぞコラァァ~~ッッ!!!」
この直後、俺はこの日3度目の地面に崩れ落ちる醜態を晒す事となった。




