卒業(後編)
昼間のカラオケボックスは思っていたより空いとった。
卒業した同世代や、昼間に暇を持て余すオバチャン連中でいっぱいかと思ってただけに意外やった。
「待たずに入室出来てラッキーやったのぅ♪」
ハワイアン・ゴリラがご機嫌な様子で口走ると、柔が真面目な顔で言う。
「それはそうと島井よ…一応言っとくけど、ここは人間用の歌しか無いぞ」
「わあっとるわいっ!人間用や無い歌って何んやねんっ!?逆に聴いてみたいわっ!!」
「いや…俺も聴いた事はあらへんけども。てかさ、さてはお前…カラオケ来る事を見越して、そんなあり得へんスペシャルに変な格好をして来たんやなっ!?」
「…?何んの話や?」
「いやいや、照れんでよろしっ!カラオケで〝なぎら健壱〟の歌を唄う為にコスプレして来たんやろ?よっしゃ!気の済むまで存分に唄うが良い♪」
「んな訳あるかいっ!そもそも〝なぎら健壱〟の歌なんざぁ〝1本でもニンジン♪〟ってやつ位しか知らんわっ!!どないやって存分に唄うねんっ!?」
「さて…俺は何唄おっかなぁ♪」
「無視すんなっ!!」
入室して僅か数分、いつもの島井いじりが始まった所で俺のスマホが鳴った。
画面に映った発信元の名前は…
毒島 そそぐ
「っ!!」
直ぐ様部屋を飛び出し、通路で応答ボタンを押すと…
「あっビッツ?自分、今日卒業やったんやろ?おめでとう♪」
「あ…ありがと…わざわざ…御丁寧に…」
愛しの君がわざわざお祝いの為に電話をくれた…
それだけで俺は感動してしまい、言葉が自然と震えて他所他所しい感じに…
「なんやテンション低いなぁ…まぁええわ、それより今から時間空けてぇな?」
「え…?い、今からっすか?あ~…え~っと…ちょっとそれは…」
「やかましいっ!ええから空けいっ!!1時間後や…1時間後に須磨駅の改札前っ!
もし来んかったら…殺すよ?」
「あ…は、はい…」
恐怖に圧されて答えた時には、既に一方的に電話は切られとった。
〝うわぁ…どうすっかなぁ…〟
悩みながら部屋に戻ると、島井が〝なぎら健壱〟の歌を唄い終わるところやった。
いや、ほんまに唄ったんかいっ!!
と、心の中で突っ込みながら席に着く。
すると俺の様子を見て何かを察したんやろな…
直ぐに柔が声を掛けてくれた。
「電話…例のじゃじゃ馬からか?」
「じゃじゃ馬って…あぁ、あの女狂戦士の事かいや…え、何?勇、お前あの女と付き合っとるんか?」
島井も話題に食い付いて来た。
「電話は確かにそそぐちゃんやった。
でも付き合ってるってのとはちょっと違う…なぁ…」
2人の問い掛けへ同時に答えた俺。
せやけど…答えながら心の中にモヤモヤしたもんが生まれとった。
〝そそぐちゃんと俺の関係って…何んやろぅ?〟
そのモヤモヤが顔に出てしもてたんやろな…
暫く俺の顔を見つめてから柔の奴が言って来た。
「で、電話の内容は何んて?」
「ん?あぁ…まぁそれは…」
「言葉濁すなって。呼ばれたんやろ?」
ギクッ!さ、流石は女馴れしとるだけあって鋭い奴っちゃで。
「ん…まぁ…せやな…」
「ハッキリせん奴やなぁ…どうせ一方的に誘われて、お前は俺達に気を使って断ろうとしたけど、有無も言わさん勢いでゴリ押された…
んでもって答える間も無く、電話も一方的に切られた…そんなとこやろ?」
え?何…そのままなんですけど…
怖っ!見てたの?
「そ、その通り…め、面目無いっす」
「ハハハ!想像つくわ♪まぁあの子らしいっちゃあらしいわな♪」
「来なかったら殺すって言われたけど…
大丈夫っ!今日はお前達との男の友情を優先するからっ!!」
「あん?アホかお前…チェリーが格好つけて何言うてんねんっ!そういう事は俺様くらいになってから言うもんや。今のお前は友達、家族、何を差し置いてでも女を優先すべき立場やろがいっ!
…だってチェリーやねんから♪ウププ♪」
「そうやぞ勇…チェリーならチェリーらしく、自分に正直であるべきやっ!
…だってチェリーやねんから♪ウププ♪」
「やかましいわ腐れゴリラッ!お前もチェリーやろがっ!それもお前はチェリーでも最下層やんけっ!!喩えるなら…売り物ならずにジャムとかに加工されてまうチェリーやっ!!」
「ブッ殺すっ!!」
飛びかかろうとする島井を柔が腕で制した。
「ハイハイハイハイ!目くそ鼻くそで喧嘩すなってばよ♪」
島井が柔を睨みつけながら問う…
「1つ訊くが柔くん…因みにどっちが目くそで、どっちが鼻くそなのかな?」
「ん?本来ならお前は鼻くそですら無いんやけども、他に相応しい喩えが無かったから鼻くそに昇格させたってんぞっ!感謝せえっ!!」
「グヌッ!……シュン…」
あ、怒ると思いきや凹んだっ!?
こ、こいつ…案外メンタル弱い奴っちゃな…
こんな事もあろうかと、俺はある物を島井へ手渡す。
「ほれ、受け取れや…」
「な?こ、これは…バ、バナ…ナ…どっから出して来てんこんなもんっ!?」
「いやな…お前も合流するって決まった時、ご機嫌取る為に買っといたんや。友情の証として有り難く受け取りたまえ」
「だ、誰がっ!…いや…バナナに罪はあらへん…」
一瞬、バナナを投げつける仕草をした島井やったけど、思いとどまるとそのまま皮を剥いてモシャモシャと食べ始めた。
騒動が一段落したところで柔…
「行って来いよ。さっきの島井からの問い掛け…付き合ってるんか?ってやつ。お前、あれにどう答えるか一瞬迷ったやろ?自分の中でもハッキリ解ってないんやろ?
行ってハッキリさせて来いや」
「や、柔…」
「俺達の事は気にせんでええ。卒業祝いは後日に改めようや…変な格好の奴も居る事やし、むしろ丁度ええわ♪」
バナナを食べたからか、ディスられても今度は島井も凹む事無く聞き流しとったわ。
「すまん…ありがとな。んじゃ…俺、行ってくるわっ!」
部屋を出ようとした俺を柔が呼び止めた。
「おいおい、待てって!せっかく惚れた女と会うのに〝オケラ〟で行く気とちゃうやろな?」
そう言うと柔は親から貰った2万の内、1万を俺に手渡した。
「ええんか?」
「ええんかも何も、元々それはお前の金やろが♪ほれ、もうええからとっとと行けって」
やっぱコイツは最高の親友やな…
感謝の気持ちを胸に部屋を出る…っとその前に…
「悪いなゴリ…島井…俺だけ先に彼女出来るかも♪だけど気に病むなよ、いつかはゴリ…島井にも春はきっと来るっ!あぁ来るともさっ!!」
「いちいち言い直すくらいなら、バッサリとゴリラって言い切りやがれっ!それにあんな凶暴な女と付き合うくらいなら独り身の方がええわいっ!!」
「それ…本心?」
「ングッ…」
「ねぇ…本心?」
「すんません…意地張りました…
でもええもんねっ♪お前が行った後、俺は柔先生とナンパにでも繰り出すからよ♪…ねぇ?柔先生っ!?」
「はあ?お前何言ってんの?今日はこれで解散に決まっとろうが…そもそもそんな変な格好のゴリラ連れてナンパ行くアホがどこにおるねんっ!?一緒に歩くんさえ嫌やわっ!言っとくけどカラオケボックスからも一緒には出んからなっ!お前、先に帰れやっ!!」
「そ、そんなぁ~…せ、先生、そこを何とかっ!!」
「やかましいっ!」
「せ、先生えぇぇ~~っっ!!」
弱々しいゴリラの遠吠えを背に受けながら、俺はそそくさとカラオケボックスを後にした。
こうして俺達の卒業祝いは後日に持ち越しとなったのだった。




