それぞれの想い
いよいよや…
いよいよ始まる…
考えてみたら柔と闘うんは初めてやもんな…
室田師匠の所で〝約束組手〟的な手合わせはあるけども、本気でぶつかった事は今まで無かった。
カッコ悪い話やけど、既にプロとしてデビューしてる柔には軽くジェラシーを感じてた。
せやからアイツの試合は生でも映像でも観た事すらあらへん。
唯一アイツの闘いを観たんは、長田港でやった金木との一戦だけや…
つまり俺はアイツの戦力…得意技やら戦法やらクセみたいなもんは全く知らへん。
それに対してアイツは、ここ最近の俺の闘いを全て観てる…まぁ不利っちゃあ不利やけど…
でもな柔、勘違いすんなよ?
俺はまだ全てを見せた訳や無いで…
プロレスはもっともっと奥深い!
それを今からお前の身体に教えたるわいっ!!
「柔も勇君も準備はええか?ならもっぺんルールを確認しとくで…1ラウンド3分のラウンド制。
1ラウンド目はMMAルール、つまり寝技での打撃は有効でロープエスケープは無効や。で、ラウンド内に3回ダウンしたらTKOとする。次に2ラウンド目はプロレスルール…ロープエスケープもダウンも回数制限無しのフリーや。ただし、普通のプロレスみたいな場外乱闘やら5秒なら全ての反則が有効みたいなんは無しや。
あくまで格闘技としての技術だけで闘う事!ええな?まぁオープンフィンガーグローブを着用してる以上、顔面パンチは有効って事でええやろ。
で、これを交互に3ラウンドずつの計6ラウンド行う。
MMA・プロレス、いずれのラウンドでも共通の決着は、打撃や投げによるKO、関節技によるタップアウト。MMAラウンドではこれに3ダウンによるTKOが加わり、プロレスラウンドでは3カウントによるフォールが加わる。
で、6ラウンド終了時に決着が見られんかった場合は…
ここに居る皆の多数決により勝敗を決するっ!
ええなっ!?」
俺も柔も、そしてここに居る全員までもが無言で頷いた。
「よっしゃ…なら始めるぞ。互いに力を尽くして正々堂々と闘う事…じゃあ握手をして」
朝倉さんに言われるまま手を握り合う…
これから無数に互いの身体へとぶつけ合うその手を…
5秒程は握ってたかなぁ…その間、俺も柔も言葉はおろか視線すらも交わさへんかった。
握り合ってた手が圧力から解放された直後…
「ファイッ!!」
朝倉さんの掛け声と共にゴングが鳴り響いた。
柔が静かに腰を落とし拳を上げる…
流石はプロやな、堂に入ったええ構えやんけ。
上体を振りながらのステップも、軽くてリズミカルや。
ほんでもってその顔よ…お前は気づいてるんか?
柔、お前…めっちゃ笑ってるで?
楽しゅうて楽しゅうてしゃあないって顔してるやん!
なら…それに応えん訳には行かへんなっ!
初っぱなからフルスロットルで行かせて貰うでっ!!
……以下、柔の視点……
始まった始まった♪
身体も軽いしコンディションは最高やっ!
勇よ…突然の申し出を受けてくれた事、ほんまに感謝しとるで…どうしても今のお前の力を体感しとぅて我慢出来なんだんや。
それに…俺はお前の勝つ姿しか見とらへん。
勝ち続ける事を悪いとは言わん…でもな、それは諸刃の剣でもある。
勝ち続けた人間にはどうしても〝傲り〟が生まれる。
敗北から学べる事は何も無いなんて言う奴もおるけど、俺はそうは思わん。
ベタやけど手痛い敗北から這い上がった時、人は必ず成長してるもんや…実際に俺がそうやった。
だから…だからよ…勇…
その手痛い敗北を…
這い上がる感覚を…
お前に教えるのは俺以外にありえんやろ?
お?お前も構えたな…しっかし下手くそな構えやな♪
足はベタ足やし、腰の位置も高くてガードも甘い…でもまぁお前らしいっちゃあお前らしいな♪
何より…その顔が気に入ったで…
勇、お前…めっちゃ笑ってるで?
そうかよ、お前もかよ…
気が合うやんけ…
実は俺もや…
俺も楽しゅうてしゃあないっ!
さあっ!もっともっと楽しもうやっ!!
……以下、勇の視点に戻る……
しかし…MMAってのはやりにくいのぅ…
どない構えてええんかもわからへんわ…
要はケンカみたいなもんのはずやのに…
ケンカならやり慣れてるはずやのに…
なんやしっくり来ぇへん…
まぁとりあえずは見よう見真似で構えてみたけども…こんな感じかな?
なんにせよや…1番警戒せなアカンのは奴の寝技や。
ロープエスケープの無いMMAルールで柔術家の寝技にかかるのは流石にヤバい…
なんて事を考えたその時、ついに柔が前に出た。
タックルを警戒した俺は軽く腰を引いたんやけども…
「アレ…?」
その瞬間、俺の視界は白い靄に包まれたんや…




