混沌(カオス)
ゴングが鳴り響く中、リングへと飛び込んで来た柔とそそぐちゃん。
「やったやんけ!しかしまさかジャイアントスイングとはなっ!まぁ…最もプロレスらしい技とも言えるけど、正直驚いたでっ!!」
「ほんまほんまっ!なかなか真剣勝負で見れる技とちゃうもんね、流石に私も驚いたわっ♪」
しかし…
どうでもええけどコイツら…
激闘を終えたばかりやっちゅうのに、遠慮のう人の身体をバンバン叩きよるのぅ…
ちったぁ気遣えっちゅうねん…
俺にも…そしてアイツにも…
俺は、未だリング上で大の字に寝転んだままの栗手へと視線を投げた。
沸き立つリング下のオーディエンスも、誰一人アイツの事など気に掛けてへん…
まるでアイツだけが、この世界と違う場所にポツンと取り残されてるみたいや…
いくら何でも、ちぃ~と冷た過ぎやせんかっ!?
段々腹がたってきた俺は、柔とそそぐちゃんに背を向けて栗手の横へと身を屈ませた。
「なんや?俺を嘲笑いに来たんかい…人気者」
へっ!第一声がそれかいや?まぁお前らしいっちゃあお前らしいが…のぅ…
「そうしてやりたい所やけどな…拳を交わした奴が称賛もされんと孤独でおるのは…なんや見てられんくてよ。しかしまぁ…見事な嫌われっぷりやのぅお前」
「へっ!言うてろやっ!…でも…確かにな。
まぁ自業自得なんは自分でも解っとるし…それに今更態度を変えるんもなんや照れ臭いしのぅ…ここまで来たら徹底的に〝嫌われ者道〟を極めたるわいな♪」
自嘲気味にそう言うと、栗手はようやく上体だけを起こした。
それを見た俺も立ち上がり、座ったままの奴へと手を差し出したんや。
「なんや…この手?俺ぁ握手なんてするガラとちゃうど。ましてや負けた勝負でなら尚更や」
「アホか…俺だってお前みたいな嫌われ者と握手して人気者のイメージダウンをはかる気なんざぁ無いわいっ!ただ…俺から2度もダウンを奪った相手が、いつまでも足の裏以外をリングに着けてるのも見とぅない…そういう事っちゃ」
「……」
「ほれっ」
「へっ!ほんま…つくづく変な奴っちゃのぅ」
この時の栗手からは、もう俺の手を掴み返す事への躊躇いは感じられへんかった。
そうして奴が立ち上がったと同時に、黙って事の成り行きを見ていた周囲からようやく拍手が沸き起こったんや…遅いっちゅうねんっ!
そんな中、そそぐちゃんが栗手へと歩み寄った…
「駈人…アンタもよぅ頑張ったやん。でも…今回負けて良かったと思うで、伸び切った天狗の鼻もポッキリいったやろ?」
「へっ…」
栗手は又も自嘲気味に笑っただけで、それ以上の言葉は返さへんかった。
負けた上に、惚れた女の子から励ましと説教を同時に喰らう…
この時のアイツの心境、なんとなく共感出来たわ…そりゃ言葉なんか出て来ぇへんよな…
まぁ何はともあれ…
ジムの中は大団円の空気に包まれとって、決して悪い気はせぇへん。うん、これで良かったんや♪
すると…これまで黙って俺達の様子を見とった朝倉さんが徐に近づいて来て…
「ええっと…盛り上がっとるところ非常~に言いにくいんやけども…」
「??」
なんの事やら解らん俺達は、皆キョトンとした顔で次の言葉を待った…
そしたら、朝倉さんの口から飛び出したんは信じられへん言葉やったんや。
「この勝負…引き分けやで…」
「……はい?」
え~と…はい?
落ち着け…落ち着いてよ~く考えろ俺…
ん~っ…はい?
アカンッ!なんぼ考えても〝…はい?〟以外の言葉が出て来ぇへんっ!!
「ちょ…どういう事なんよっ!?」
俺より先にそそぐちゃんが噛みついてった。
一会員の女子高生が、ジム代表の首根っこ掴んでグワングワンと揺らしとる…
ちょ…そそぐちゃん、やり過ぎっ!!
すると柔がそれを止めに入った。
「HEYッ!プッシーちゃんっ!それじゃあ朝倉さんも喋られへんがな…とりあえずここは黙って説明を聞こうや」
「チッ!」
そそぐちゃんは舌打ちすると、投げ捨てるようにして朝倉さんを解放した。
勢いでリングに倒れ込んだ朝倉さん…
「えへへ…シロ…シロやないか?お前…去年死んだと思っとったのに…生きとったんか♪
よっしゃよっしゃ…今そっちに行くからよ…
まだ〝お手〟とか〝伏せ〟とか覚えてるかぁ?」
ア、アカンッ!!
朝倉さんがヤバ目のうわ言を言うてはるっ!!
戻って来てえぇぇ~~っ!!
すると又もやそそぐちゃん、そうさなぁ…5~6発もイッたかなぁ…気付けに渾身のビンタを叩き込みよったわ…
お陰でどうにか目覚めた朝倉さんやけど…
「だ、だずがっだよ…あやうぐ、ジロのどごろに行ぐどごやっだば」
唇が腫れてもぅてますやんっ!!
すると、そそぐちゃんが…
「会長…ちょっと何言ってるかわかんないんで、もっとハッキリ喋って貰っていいスか?」
アンタやっ!アンタが原因やっ!!
恐ろしい…恐ろしい子や…
ここで、やめときゃええのに再び柔の奴がしゃしゃり出る…
「いや、いくら何でもちょっとやり過ぎやで…」
そう声を掛けた柔の首筋に、鞭の様にしなったそそぐちゃんのハイキックが絡み付いたっ!
崩れるようにして倒れた柔…
アカン…完全に白目剥いてるし…
なんや知らんけど笑てるし…
そそぐちゃんが白目でエヘエヘ笑てる柔を見下ろしながら…
「テメェッ!さっきどさくさ紛れに又もやプッシー言うたやろっ!?今の1発はそのお礼やっ!!」
カ、カオスや…
な、なんやこの混沌は?
お、俺は地獄におるんか?
更にそそぐちゃんが柔へ〝気付けの1発〟を叩き込もうとしたのを、皆んな必死のパッチでなんとか止めた。
そして…
騒動が収まった頃、冷やした甲斐あって普通に話せる様になった朝倉さんが、今回の決着についての説明を始めようとしてはった。
確かに勝負の結果は気になる…
でも今の俺の頭の中に浮かんでいるのは…
〝母さん、俺の惚れた女の子はどうやら鬼子の様です〟
この事だけだった…




