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中指 立てたら  作者: 福島崇史
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白装束と辞世の句

ヨロヨロの足元でフットワークを踏んでるけど…

全く跳ねれてないその(さま)は、まるで瀕死の蝶や…強がりなんが見え見えやで。

いや…ちゃうな…

それは強がりや無くて…お前の意地…

なぁ?そうなんやろ?栗手よ…


「い、今のは…き、効いたでぇ…まさか、あない綺麗に投げられるとは思わなんだから…な…

せやけどな!まだやぞ不惑っ!!俺はまだまだ()れるんじゃあぁぁ~~っ!!!」


鬼みたいな(ツラ)で叫んだ栗手が、縺れる足を必死に前へと出しながら拳を振り上げよった…

俺は迷った。

超大振りのテレフォンパンチ…

かわす事は勿論やけど、カウンターを取る事も簡単や。

でもそのどちらも違う気がして、俺はどないしたらええんか迷ってた…

で、その迷ってる間に…


ポフッ!


枕に頭でも沈めたか?っちゅう位の軽い音が、俺の耳に響いた。

クッ…これが今のお前の全力なんやな?

意地張って…

身体に無理させて…

精一杯をぶつけた結果がこれなんやな?

…全く効かへん…悲しい位に効かへん…

でもその代わり、心にはエライ効くやんけ…

打ち抜く事すら出来んまま、俺の頬で止まってる拳…俺はその手首をそっと掴むと


「全然効かへんけど…めっちゃ効いたわ…」


素直にそのままの気持ちを口にしとった。


なんのこっちゃ解らんのやろな、ハハハ…栗手の奴が怪訝な(ツラ)で首を傾げとるわ。

で、全く反撃の素振りを見せへん俺に…


「なんのつもりやワレッ!もう勝った気でおるんかっ!?それとも…まさか俺を憐れんどるんかっ!?」


「……」


自分でもこの感情が何なんか解らへん俺は、答える事が出来んまま…黙って奴の顔を見つめる事しか出来へんかった…


「許さへんぞ…不惑。お前の本心がどちらにせよ…や、俺に対してそれは許さへんぞっ!さっき言うた事が聴こえんかったっちゅうんかいっ!?ならもっぺん言うたるっ!

俺はまだ()れるっ!まだまだ()れるんじゃいっ!!」


掴んだ俺の手を振りほどくと、奴は静かに構えを変えた。

そぉっと…そぉっと…コマ送りの様なスピードで。

今まではパンチ主体の〝クラウチングスタイル〟だった奴が、蹴りを使う為の構え〝アップライトスタイル〟を取った…

そうかよ…

そういう事かよ…栗手…

それを見た俺は、瞬時に全てを理解した。


おぼつかへん足元の奴が蹴りなんざぁまともに使える訳があらへん。

それでも奴はその構えを取った…

これはもう〝意地〟なんかやあらへん。

奴の〝覚悟〟や。

奴はもう勝てへん事を自分で覚っとる。

だから俺にきっちりカタをつけさせる為にあの構えを取ったんや。

つまりは…

あのアップライトの構えは…

介錯を望んだ奴の白装束なんや。


「そうかぁ…わかった…わかったで…栗手」


独り言の様に呟いた俺を見て、栗手の奴が口角を上げた…


「何がわかったんか…見せて貰おうやないけっ!!」


叫んだ奴が左ジャブを刻む…

でもこれは捨て技や…

次に本命、大振りの右フック…

スウェーバックでかわした俺の目の前を通り過ぎたソレは、空気中に摩擦音と焦げた臭いを残した様な錯覚を俺に起こさせた。

でもあくまで錯覚や…

奴の気迫と覚悟が見せた錯覚にすぎへん…

実際は〝クリティカルヒット〟には程遠い、ヨレヨレのパンチやもの…


スウェーバックした事で間合いが開いた。

そこで奴が次に繰り出したのは左のローキック。

左ジャブ連打から右フック、そこから対角線の左ロー…ええコンビネーションや。

本来のスピードなら反応しきれてたかどうか…

せやけど今のお前のスピードでは…

多分やけど、奴自身も残りの気力と体力を振り絞って繰り出した〝最後の技〟やったんやと思う。

俺はその左ローをかわしもブロックもせず、ひょいと掬うようにして右腕で抱え込んだ。


これが…この左ローキックが…お前の〝辞世の句〟なんやな?

惚れとる女の子の前で最後まで意地を通した…

癪やけどちょっとカッコ良かったで…お前。


俺は奴の足を抱えたまま、軸足を刈るようにして仰向けに倒した。


「ウオッシャ~ッ!リング中央やっ!絶対逃がすなよっ!!そのままアキレス極めてもぅたれっ!!」


「技なんか何んでもええっ!そいつの伸びた天狗っ鼻をへし折ってやりぃっ!!」


柔とそそぐちゃんが興奮して声をあげた。

とりあえず…

柔の言う事は華麗にスルーしてやな…

そそぐちゃん、今なんと仰いました?

え?技は何んでもええ?

それはありがたい御言葉♪

という訳で…そそぐちゃんの意見を採用する事にした俺は、残った奴の右足も脇に抱え込んだ。

そしてそのまま…


「行くぞおぉぉ~~っ!!」


リング下のオーディエンスを煽る様に叫ぶと、自分を中心軸にして回転運動を始めたんや。

そうっ!今や国会議員の先生であられる馳浩の必殺技〝ジャイアントスイング〟やっ!!


1回転…皆が呆気に取られてるのが判った。

2回転…空気を読んだ柔が回転数を数え始めた。

3回転…そそぐちゃんもそれに乗っかる。

4回転…ジムの皆んなも声を出し始める。

5回転…その場のほぼ全員が声を張る大合唱。


「ろ~くっ!!し~ちっ!!は~ちっ!!」

「きゅ~っ!!じゅ~うっ!!」


あ、あかん…さ、流石にもう限界や…

10のカウントと共に俺は掴んでいた奴の足を離した…軽いだけあって奴はニュートラルコーナーのポストまで飛んで行きよった。

けど…思ったよりこっちもダメージがデカい…

三半規管が狂った俺もリングに倒れ、そのまま(うずくま)ってしもうた…


レフリーの朝倉さんが、俺と栗手を交互に見やり…


「ダブルダウンッ!!」


そない叫んだ。

両者同時にダウン…こうなると先に立った方の勝ちやな。


「ワ~ン・ツ~・スリ~…」


まだカウントはスリー…俺は落ち着いて呼吸を整える。栗手の奴は未だ頭を抱えてもがいてるわ。


「フォ~・ファ~イブ・シ~ックス…」


さて…栗手も立とうとしとるし、俺もそろそろ華麗に立ちますかね♪

ん…?

あれ…?

あ、あかん!!

あ、足が言う事きかへんやんっ!?


「セブ~ン…」


1回立ったものの、直ぐにまたリングに尻餅をつく(汗)


「エ~イト…」


栗手の奴がロープを掴みながら、中腰にまで立ち上がった!

ヤバい…マジでヤバいっ!!


「ナイ~ン…」


栗手の奴はほぼほぼ立った状態や!

この時、怖さと恥ずかしさが俺の背中を押した。


「ヒィ~ッ!ウワッタットトトッ…」


言葉にならへん声を上げながら身体を重力に逆らわせると、俺が立ち上がったと同時に朝倉さんがテンカウントを数え終えた。

そして…俺が立つのと入れ替わる様にして、栗手は再びリングへと沈んだんや…


乾いた金属音が鳴り響き、俺達の〝スパーリング〟の終わりを告げた。







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