羽化
正面から俺に抱きしめられた状態で、栗手の奴が頭へボディへとパンチを打って来よる。
フンッ!いくらパンチ力があっても、そんな腰の入らん手打ちのパンチが効くかいやっ!
すると…パンチに効果が無いと見た栗手、今度は太ももへと膝蹴りを細かく当てに来た。
無駄無駄♪
膝蹴りにしたってこんな密着した状態やったら効きは…
(!!)
フングッ…グヌヌ…
こ、こいつ…今、金的に膝を当てて来よったぞ…
幸い掠めただけで直撃は免れたけども…
ワザとか?
一瞬、レフリーの朝倉さんに〝反則やっ!〟ってアピールする事も頭を過ったけど、そんな事したって栗手に警告が与えられるだけで、また離れた距離からの仕切り直しになってまう…
せっかく捕まえたんや、そんな勿体ない事は出来んっ!なんとしてもここで決めるんやっ!!
幸い朝倉さんは気付いてない…
俺はこのまま続行する事を決めた。
(!!!!)
ングォ~…ま、またや…
し、しかもさっきより深く当たったやんけ…
こ、こいつ…やっぱワザとやな…
ハグ状態やから栗手の顔は見えへんけど、きっとあのムカつく顔でニヤニヤしとるんやろな…
せやけど今回も朝倉さんは気付いてはらへん。
レフリーにバレへん反則は反則や無い…それはそれで立派な技術や…いつか柔もそんな事を言うてたな…
プロレスでも金的蹴りは定番やし、5秒までやったら何をやっても許されるしな…
よっしゃよっしゃ!お前がその気なら俺もプロレスラーの意地で受け切ったるっ!!
その代わり、手痛いお返ししたるからのぅ…覚悟したれやっ!!
俺は若干の脂汗をかきながら、又もこのまま続行する事を選んだ。
「何やっとんねんっ!?早ぅ転がしてまわんかいっ!!」
何も知らへん柔が勝手な事を言うてはるわ…
やろうと思った時に奴の膝が俺の愚息を襲ったんやっちゅうねん!
「せやせやっ!チャラ男の言う通りやっ!!チャッチャと倒して関節を極めたらんかいなっ!!」
ええっとですね…そそぐちゃん…
女性の君には解らない痛みというのがあってですね…
とか言うててもしゃあないっ!!
俺は下腹部と腰に残る鈍痛に堪えながら、背筋にありったけの力を込めた。
栗手の奴…小さいだけあってやっぱ軽いな…
栗手の足裏が容易くマットから離れる。
ハグの体勢のまま奴の身体を浮かせた俺は、そのまま更に背筋へと力を込めたっ!
反るっ!どんどんと俺の身体が反って行くっ!!
離れるっ!どんどんと栗手の足がマットから離れて行くっ!!
俺の視界には再び天井のライトが映ってる。
ただし、さっきと違うのは自らの意思で上を向いている事や。
そして、視界が天井を通過…今度は背後の柔が見えた。
更に柔をも通過した視界には、とうとう白いマットが飛び込んで来た。
それと同時に…
腕の中に抱いてた栗手が、顔面からマットへと突き刺さってたんや。
「うおっしゃあぁぁ~っ!!!見事なフロントスープレックスやでっ!!!」
柔がえらい興奮してる…
でも君、ちぃ~とばかしうるさいわ。
「そうっ!それっ!!やれば出来るやんかっ♪」
そそぐちゃんも興奮してはる…
だから…君は栗手のセコンドだってばっ!
と、言いたいところやけど…
せっかくやからここはもっと褒めて♪♪
本来ならこのまま上に被さって、関節を取りに行かなアカン所やねんけども…
栗手の奴、ものの見事に顔面から落ちたからなぁ…流石にこれでKOやろ…
そう思った俺はカバーにも入らず立ち上がった。
案の定、栗手の奴はリングで這いつくばったまま動かへん。
「ダウ~ンッ!」
朝倉さんが栗手のダウンを告げた…
俺がニュートラルコーナーへ向かうと、そのままダウンカウントを進めて行く…
いやいや朝倉さん、ここはダウンや無くてKOを宣言した方が…
そう思いながらニュートラルコーナーに凭れて振り返ると、そこでは地を這う虫のような動きで栗手の奴が立とうとしてる…
マ、マジか…コイツ…?
それが正直な感想やった。
モゾモゾともがきながら、顔だけをこっちへと向けた栗手…
「ま、まだやぞぅ~…まだ終わらんぞぅ~…」
恐怖?
感動?
なんや解らん感情に襲われた俺の全身は鳥肌に包まれとった…
そして7つ目のカウントが数えられた時、奴は立ち上がって痩せ我慢にフットワークまで踏んで見せたんや。
地を這う虫が羽虫となったかの様に…




