演技派
どうやらあの時、俺のヤマ勘は外れたらしい。
後から柔に聞かされた話によると…
ボディをガードした俺を見て、栗手の奴はそれを嘲笑うかの様にパンチの軌道を変えたんやとさ。
で、斜め下から突き上げる様なスマッシュが俺の顎を打ち抜いた…と。
なるほど…あの時、視界にぎょうさん現れた白い光の正体は、頭を跳ね上げられたせいで天井のライトが見えてたって訳やな…
そんでその後に感じた浮遊感は全身が弛緩したからで、最後のデカい衝撃はリングに倒れた時の物っちゅう事か…
おっとっと!
また話が脱線してもうた!
話が前後して、危うく又もや〝タイムトラベラー〟なるとこやったわ…
こっからは又、リング上の視点に戻りまっせ♪
いや…だから俺はいつも誰に話し掛けてるんやってば?
まぁ…メタい話は置いといて…と…
アカン…
まだ視点が定まらん…
向かって来る栗手の奴が2人に見えるもの…
ハハハ、ヤバいねど~も♪
ん?どした?栗手の奴、攻め込むチャンスやってのに、フットワーク使ってピョンピョンと俺の周りを跳ね始めたぞ…?
まぁお陰でボヤけてた視界も回復してきた。
今はもう栗手の気に入らんアホ面も、その向こうの麗しいそそぐちゃんの顔もハッキリと見える。
ハッハァ~ン!そうか…そういう事かよ栗手?
お前のその面見てやっと解ったわ…
お前は俺を疑ってんのやな?
俺のダメージが本物かどうか…
プロレスラー特有の〝ダメージを受けたフリ〟とちゃうんか…と。
せやから直ぐに攻め込まんと、フットワーク使って探りを入れてたって訳かいな?
まったく…自分がひねくれた性格やと相手の事もひねって考えるてか?
それはそれで気苦労も絶えんのぅ…ご苦労な事っちゃで…
まぁその捻れた性格のお陰で体力もほぼ回復したわ♪
開始早々に2ポイントものアドバンテージをプレゼントしてしもたからな…そろそろ本気で反撃の狼煙をあげんとな!
ん?まてよ…奴が俺のダメージ量を探ってる…
って事は…
ムフフ♪俺、天才かも♪
いい事、思いついちゃったぁ♪♪
試合再開から30秒は過ぎたかな?
それでも攻めへん栗手に業を煮やしたらしく、朝倉さんが怒気を含んだ声で〝ファイッ!!〟って叫びはったわ。
え?俺?
俺はさっき思いついた作戦を実行中やがな♪
はい?どんな作戦かって?欲しがるねぇ~♪
って!だから俺は誰に話し…(以下略)
奴が疑ってるっちゅうんなら、それにノッてあげようって訳よ。
俺はおぼつかない足取りと、眼球を左右に動かせて見せる…もちろんワザとね♪
でも大袈裟にやったんじゃ直ぐにバレるし、あからさまに栗手に向けてやってもアカン。
あくまで自然に自然に…
え?そんなん出来るんスか?って?
任せなさいな!なんたって俺は演技派格闘家やからな♪
いや、だ~か~ら~!俺は誰と(以下略)
「おいっ!勇っ!!大丈夫かっ!?俺の声が聴こえてるかっ!?今はガード固めて回復に努めぇっ!!」
…忘れとったわ。
ここにもアホがおる事を…
先ずはセコンドの柔の奴が、俺の動きに騙されて声を張りよった…
まぁ敵を騙すには先ず味方から…って言うしね、そんだけリアリティーも増すっちゅうもんや。
「くぉらぁっファッキュー!テメェいつまでもヨタってんじゃねぇよっ!!やられてばかりおらんと、ちったぁ自分から手ぇだせやっ!!」
いや…序盤にも言うたけど…
そそぐちゃん、君は栗手のセコンドだから…
ね、お願いやからっ!
お願いするから栗手の応援してやって!?
そそぐちゃんの度重なる俺への応援で火が点いたのか、それとも単純に俺の演技に騙されたのかは知らんけど、栗手の奴が少しずつ手を出して来る様になった。
2~3発ジャブを打っては、離れて俺の反応を伺う…
離れた間合いからローキックを打って、又もや俺の反応を伺う…
俺はろくに反応も出来ない〝てい〟でそれを食らう。もちろん、ダメージを受けんようにヒッティングポイントはずらしてるで♪
するとついに栗手の奴が勝負所と判断したらしく、間合いを詰めながらの打撃に転じて来たっ!
ハイ、キタコレェ~~♪
よ、ようやくや…
下積みの長かった俺の俳優人生もこれで報われるってもんやでっ!
調子乗んなって?
…はい、さぁせん…失礼こきまろ…
前に出ながらの左ジャブ!
まだや…まだ焦るな…
我慢や…まだ我慢や…
俺はそれを額で受けて、痛くも無いのに苦悶の表情を浮かべる(←演技派)
お次は右のローキック!
まだやぞぉ…まだやぞぉ…焦るな俺ぇ…
それも左足の角度を変えて衝撃を逃がしたけど、ガクンと腰を落として見せたり、痛い顔を作ってみたり(←演技派)
そしてついに…ついにその時はやって来おった!
「うおらぁ~っ!これで終いじゃあっ!!」
安っぽい台詞を恥ずかしげも無く叫びながら、栗手の奴が身体ごとぶつかる様な超大振りの特大テレフォンパンチを放って来た!!
ここやっ!
もう我慢せんでええぞ俺っ!!(←演技派引退)
俺は首を横に振ってそのパンチを避けながら前に出たっ!
それでもパンチが頬を掠める…
そして…掠めただけやのに、なかなかに効くやんけ…
いやいやっ!なにくそっ!!
ここは再び〝我慢の男の子〟精神を発動やっ!
俺は怯む事無く前に出ると、ようやく…本当にようやく…奴の身体に組み付く事に成功したっ!
場所もリング中央で申し分無いっ!!
「つ~かま~えた♪」
「な?お、お前…やっぱフェイクやったんかいっ!?」
「フェイクはプロレスラーのお約束やからのぅ♪」
ベアハッグの体勢に捕らえたまま答える俺に、柔の奴が興奮した声を飛ばして来た。
「よっしゃっ!勝機やぞっ!!絶対に逃がすなよっ!!」
だから俺は、顔を柔に向けて叫び返してやったんやっ!
「わぁっとるっ!逃がさいでかっ!!」
すると柔、引きつった顔をしながら…
「ええっと…勇くん…君が話し掛けてる相手はニュートラルコーナーですけど…本当に大丈夫でしょうか…?」
はえっ!?
ぐぬぬっ…さっき掠めたパンチのダメージが少~しだけ残ってたみたいやのぅ…
は、恥ずかしくなんか、恥ずかしくなんか無いんだからねっ!!
「わ、わぁっとるわいっ!ちょっとダメージある演技を続けとるだけやっ!!」
「いや…捕まえたし、もう演技要らなくね?仮にほんまに演技やったとしても…それ下手クソ過ぎるやろよ…」
反対のコーナーでは、そそぐちゃんが手を叩いて笑てはるし…
そしてこの時、俺は覚ったんや…
演技派と言ってたけども、そもそも俺は大根だったんやという事を…
で、でも!
は、恥ずかしくなんか無いんだからねっ!!(←大事な事だからもっかい言った)




