烏合の衆に加わるの巻
今までの俺はプロレスラーになる事しか頭に無かった。
でもあの日から、もう1つ別の事が頭のスペースを陣取ってしもぅてる…
そう、須磨海岸で出会うてしまった彼女の事や。
もちろん日課のトレーニングはちゃんと続けとるよ、でも何て言うんか…こう…身が入らんちゅうんか…
ランニングしとる時も、ウェイトしとる時も、彼女の姿がポッと頭に浮かんでしまうんや…
で!このままやとアカン思~てやなっ!
俺は柔にある事を頼んだんやっ!
「へ?勇…お前…正気ですか?」
「正気も正気!…とは言えんかなぁ…」
「と、言いますと?」
「いや…こないだの須磨での一件からさ、なんかこぅ…トレーニングに身が入らんちゅうか…いやトレーニングは今まで通りにこなしてるんやで…でも…そのぅ…ほら…なっ!?」
「ほら…なっ!?って言われても解らへんわっ!いつに無くモジモジしよって気持ち悪い奴っちゃなぁ…ハッキリ言ったらんかいっ!」
コ、コイツ…須磨での一件って言うてるんやし、俺があの子の事を好きなん知ってるんやから、そこは察っせよっ!!
とも思ったんやけど…こっちは頼み事をしてる身やし、グッと我慢の男の子精神を発動。
「いや…1人でトレーニングしとってもさ…須磨で出会うたあの子の顔が頭にチラチラしてまうんよ…だから誰かと一緒とか周りに人目がある環境やったら、もう少しトレーニングに集中出来るんちゃうかと思うて…な」
「ま、そんな事やろうな。知ってた♪」
知っとったんかいっ!!
心の中で突っ込み終えた俺は、グッと我慢の男の子精神を発動させたまま柔の返事を待ったんや。
「お前の話を整理すると…1人でトレーニングしとったら口悪プッシーちゃんの事が頭に浮かんでしゃあないから、誰かと一緒にトレーニング出来る環境にしたい…と。ほんでもって、どうせなら格闘技術も磨きたいからトレーニングジムでは無くて格闘技のジムを俺に紹介して欲しい…そういう事っちゃな?」
「人が惚れた子の事、口悪プッシー言うなっ!」
「ハハ…ゴメンゴメン!今後プッシーはやめとくわ、口が悪いんは事実やからやめんけどな♪でもまぁとりあえず、お前の頼み事ってぇのはそういう事やろ?」
「…まぁ…そういう事っちゃ…」
柔の言い方は気に入らんかったけども、実際あの子は口悪いし、もうプッシー言わへんのやったらええか…と無理矢理に自分を納得させた。
「それやったら俺が所属しとる所に来いや…と言いたいところやねんけども、俺等が揃ってしもたらお互い集中出来んようになりそうやし…別の所を紹介したるわ。ちょうどええ所があるんよ」
「ちょうどええ所?」
そういう流れで紹介されたのが、明石にある総合格闘技ジム〝烏合衆〟やった。
朝倉 大地って人が代表を務めるこのジムは少し変わってて、一応は格闘技団体を名乗ってはいるけどもあくまで個々の集まりであって、烏合衆所属の選手ってのは存在しない。
来たい人は自由に練習してええし、辞めたい人や別のジムに移りたい人の事も引き留めたりせぇへん…いわゆるフェバリットジムみたいな感じやな。
まさに名前の通り、烏合の衆って訳や。
柔が〝ちょうどええ〟って言うた意味がよう解った。
で、初日…何故か柔もここで一緒に練習する事になった。
「柔くん…なんで君まで一緒に練習するのかね?」
「いやいや勇くん…たまには僕も違う環境に身を置いて、自分自身を見つめ直してみようかと思ってだね…」
ぜってぇ嘘や…
ここのジムは出入り自由やから、必然的に女性の会員も多い…
したり顔で宣う柔からは下心の臭いがプンプンしとった。
まぁそれはともかく…
こうして俺の初出稽古は始まったんや。
最初は寝技の基本である抑え込みやガードポジション、パスガードなんかの練習やった。
プロレスでも寝技は基本中の基本や、俺にだって少しくらいは使える!
…と、思い込んどった。
「かぁ~…勇…お前、ほんっまに不器用やな…」
柔が呆れ顔で言いよった。
俺のパートナーを務めてくれてる会員さんも、苦笑いしてはる…
せやけど総合格闘技特有の技術、ガードポジションとそのガードを崩す為のパスガードなんてのは、こちとら初体験やねんもんよっ!!
「ええか勇…俺が手本見せたるからちゃんと見とけよ?ガードポジションを取られたら、1番邪魔になるんは自分の腰に巻き付いた相手の足や、せやからこれを抜ける為にはここっ!太もものこの部分には痛点がある!ここを肘でグリグリしてやな…相手の締め付けが弛んだら、そのまま肘で太ももを地面に固定するんや。で、今度は肘で固定した部分に反対側の膝を乗せる…今の場合やったら左肘で固定しとるから、乗せるんは自分の右膝やな。こうする事で相手の側面に脱け出せるって事や。んでもって脱け出した後は、すかさず横四方固めで抑え込む…よっしゃ、やってみい」
実演して見せる柔の動きは、悔しいけどスムーズで美しかった。
で、今度は俺の番…
言われた通りにやってみる…
「こうして…グリグリっと…んで今度は地面に固定…次は…ええっと…こうか?そんでもってこうして…よしっ!行けたっ!!」
何とか相手の横側に脱け出せた俺は、ちょっと嬉しくなって柔の方を見てみる。
「出来たでっ!どやった俺の動き?」
「ん…強いて例えるなら、日本舞踊の人が無理矢理にHIP-HOPダンスを踊ったみたい」
「お、おぅ…」
わ、わかりやすい例えや…
しかし俺、そないにぎこちないんやろか?
「まぁ初心者やから、しゃあないっちゃあしゃあない…でも勇は手順にこだわり過ぎてるな…それを頭で覚えずに身体が覚えたらもっとスムーズになるわ。その為には何回も反復するしか無いでっ!」
なんや柔の奴、ナンパ講座の時よりもよっぽど先生っぽいやんけ…
俺がそんな事を考えてる時…
「こんちわ~♪」
聞き覚えのある声…
いや…聞き覚えどころとちゃう…
毎日、俺の頭の中でリフレインしとる〝聞き慣れた〟声や…
すかさず声の方へと振り返ったら、これまた毎日頭の中で〝見慣れた〟姿が俺の目に飛び込んで来たんや…




