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中指 立てたら  作者: 福島崇史
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2度目の嘘

グングニルを訪ねた帰り道、俺達の足取りは泥の中を進んどるみたいに重かった…

ずっと俺の中で(くすぶ)っとった嫌な予感…

それが燻る事をやめて、発火してしもたんやから。


「勇、少しは落ち着いたか?」


「あぁ…」


嘘をついた。

落ち着く訳なんかあらへん。

師匠の死を知ってから未だ1時間も経ってへんのやから…


「しかし…室田さんの身体がそこまで酷い状態やったとはなぁ…グングニルでの練習に加えて俺達の面倒まで…かなり無理してはったんやろな…」


やめてくれ柔…

俺もその部分に責任は感じとる…

自分が強くなる事しか頭に無くて、師匠の体調にまで気を向けられへんかった事…

それを考えたら自分を責めてまう…

でもそれは師匠も喜びはらへんはずや…

だから…やめてくれ…柔


「おい…勇…お前ほんまに大丈夫か?」


黙ったままの俺を柔が真顔で気遣った。

それでも尚、俺は無言を貫いた。

だって…今、口を開いたら、また一気に涙腺崩壊してまいそうやねんもん…

それを解ってくれたんか、柔はそれ以降2度と〝大丈夫か?〟とは訊いて来んかった。


「でもよぅ…まさかお前が、あの場であないに乱れるとはな…泣き崩れたお前には〝太陽〟と形容される大作さんも流石に困ってはったな。ハハハ」


「面目ない…」


これについては素直に詫びた。

大作さんの口から師匠の死を告げられた瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。

で、そのまま道路に顔を埋めて子供みたいに泣きじゃくってしもたんや…

地べたに寝転んで泣きながら駄々をこねる子供と、それの対処に困る親…みたいな構図がそこに出来上がったって訳やな。

いや、ほんまに申し訳無かったと思う。


「なぁ…柔…」


「お、なんや?」


「俺の目…まだ腫れとるか?」


「応よ。12ラウンド殴られっぱなしのボクサー並みやわ」


「そりゃ酷ぇな…ハハハ」


「やっと笑ったな…ただでさえ褒められた(ツラ)とちゃうのに、今のお前…洒落ならんくらい酷ぇわ…ハハハ」


「お前…俺に笑顔を取り戻させたいんか、怒らせたいんか…どっちやねん…」


「ん?俺はただ…いつものお前に戻って欲しい…それだけや。せやからいつものノリで物を言わせてもろてます♪」


「そりゃど~もっ!!」


乱暴にそう答えたけど、凄く納得出来る言葉やった。確かにそうよな…俺がいつもの俺に戻る事。

師匠も絶対にそれを望んでくれてはるはずやもの。

よしっ!!もう哀しむんはやめやっ!!

師匠に教わった事を活かして、明日からまた格闘王への道を邁進するでぇっ!!

そう決意をあらたにした俺に…


「なぁ勇よ、さっき大作さんの言葉で1つ気になったんやけどよ…」


「ん?」


「室田さん、ジムの仲間達に〝少し前から3匹の猿を飼い始めた〟って言ってたらしいやん?あれって間違いなく俺達の事やんな?」


「あぁ間違いないな。でも師匠は1つ大きな勘違いをしてはるっ!!」


「勘違い?」


「ああ!俺と柔が猿…それはええわいな。でも島井の奴はゴリラやからっ!!正確には〝2匹の猿と1頭のゴリラを飼い始めた〟って言うべきだと思うのだよ。これについてはどう思うかね柔研究員?」


「まっこと、勇教授のおっしゃる通りかと」


「そうであろう、そうであろう♪」


ようやくいつものノリに戻った俺達やけど、

ここで柔がまた少し淋しそうな表情に戻って言った。


「そのゴリラにも報せなあかんな…室田さんの事…」


「やな…でもアイツ、今は国士舘への出稽古で東京やろ?稽古に支障きたしてもアレやし来週には神戸に戻るらしいから、伝えるんはそん時の方がええかもな」


「へぇ…」


「なんや?」


「いや…アホ猿のお前でもそんな気遣いが出来るとは意外でな…〝猿でも出来る気配り講座〟って本でも読んだか?」


「んな本あるかいっ!!それに自慢やないが、絵のついてない本は読んだ事あらへんっ!!」


「いや…それ、ほんまに自慢にならへんやんけ…」


呆れる柔を尻目に、俺は別の事を思ってた。

卒業まであと3ヶ月と少し…

師匠との死別とはまた別の形の別れが近付いてる…

島井は推薦で国士舘へ…

正大も東京の大学へ進学…

金木は不良をやめて不動産会社へと就職…

柔はプロとしての活動を本格化させる…


俺は?

俺はどうする?

俺だけが宙ぶらりん…

まだプロレスラーとして入門するつもりは無い。

かといって、やる事が明確に決まってる訳でもあらへん…

将来プロレスラーになった時に活かせる様に、色々な格闘技や武術のエッセンスを取り入れる…

それだけは決めてるけど、師匠亡き今、その為の手段が見当たらへん…


「おい…どしたよ?急に黙りこくって…」


「ん…いや、何でも無い…何でも無いよ…」


気付けば俺は、柔に今日2度目の嘘をついていた。






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