残された仕事
目覚めた正大に俺は言ってやった。
「なんでお前がマスクで顔を隠して、不意討ち的な襲い方をしたのか…闘ってみてよう解ったわ。身体も出来てない…技も未熟…そりゃ正面から挑んだら返り討ちにあうわなぁ。そんでもって仕返しに来られても困るから顔も見せない卑怯っぷり…完全に確信犯やないけっ!」
すると正大は…
「僕の存在に気付いていない相手を後ろから襲ったというならまだしも、一応は姿を見せてから技を仕掛けたんだ…不意討ちという言い方をされるのは不本意だな。それと…」
「それと?」
「君は今、確信犯という言葉を間違えて使用した。本来の確信犯とは政治や宗教など思想に基づいて、その行為を正義と信じて行う犯罪者の事だ。全く…昨今に見られる日本語の乱れは嘆かわしい事だよ」
はいはい…
まぁた始まった…
「やかましいわっ!お前は〝歩く国語辞典〟かっ!?それとも〝美しい日本語保存の会、会長〟かっ!?…ったく面倒くさい奴っちゃでぇ…」
ん?待てよ…
言ってから、ある事に俺は気付いた。
「今お前…思想に基づいて、その行為を正義と信じて行う…そない言うたよな?」
「ああ…確かにそう言ったが?」
「ならあながち間違ってないやんけっ!!お前は自分の物差しで自分を正義と決めつけて奴等を襲ったんやろがいっ!!」
「あ…」
「あ…とちゃうわっアホッ!とにかくや…まだお前にはやるべき仕事が残っとる。はよぅ着替えてこいっ!!」
「仕事…?」
「せやっ!ええからチャッチャと着替えてこいって!」
正大の奴は憮然とした表情で立ち上がると、更衣室へ向かってトボトボと…ん?
トボトボと歩き出さんとこっちへ振り返ったぞ…
「今君は憮然という言葉を間違って使ったぞ。
憮然というのは落胆や驚愕を表す言葉だ…不満を表現する物では無い」
「もうええわっ!語り部部分にまで反応すんなやっ!!」
心の声にまで反応するとは…こいつニュータイプか?
「いや…ニュータイプでは無い…」
ま、又こいつ…
俺の語り部…丸聞こえなんか?
それともマジで…やだ怖い…
「ええから着替えてこいって!!」
恐怖のあまりに叫んでから10分後、俺達は体育館を後にした。
「よぅよぅ勇…正大に残った仕事って何処で何をさせるつもりなんや?」
「そうだよ…これ以上僕に一体何を…?」
「ん?なんや正大、さんざ人の心の声に入りこんどいてコレはわからんのか?今から西市民病院に行くに決まっとるやんけ」
「西市民病院て…勇、お前まさか?」
「せやっ!こいつを金木に直接詫びさせる♪」
これで正大の足が止まった。
俯いてジッと地面を見つめとる。
だから俺は…
「逃げんなよ?…ここで逃げたらお前は卑怯者のままやぞっ!?お前は強く変わろうとしたんよな?でもお前は変わり方を間違えた!
それを軌道修正する最後のチャンスやっ!
だから…だから逃げんなっ!!」
「で、でも…いきなり…そんな…」
「心配すんな…俺達も一緒に行ったる。こうでもせんとお前1人やったら絶対に行かへんやろっ!?だから今日…今こそが行く時やねんっ!
変わろうとした時の決意と勇気を思い出せっ!!」
「おい…勇…でもコイツを見た金木が病院で暴れでもしたらどないするつもりや?」
「柔…やっぱお前は俺よりアホよな♪アイツは手足を動かされへん〝ダルマ〟状態やねんぞ、どないやって暴れるねんな?お前は要らん心配せんと、俺の交通費だけ出しとったらええねん♪」
「な、なんちゅう言い種や…人に金を出して貰うもんの態度とは思えん…一周回って感心すらしてしもぅたわ…」
「ん、せやろせやろ♪君も努力を怠らなければ、いつかは僕の様に立派な人間になれる日が来るよ…壁にぶつかった時はいつでも僕を訪ねたまえよ、背中を押す助言くらいはしてあげるから♪」
「……殺す」
〝フフッ…フフフ…〟
いつものやり取りに正大が笑い声を洩らすのが聞こえた。
「なんか…君達を見ていたら、考え込むのがバカらしくなって来たよ…わかった…行こうっ!行って正面から彼に詫びよう」
「正大…今のお前、20分前とは別人みたいに〝ええ顔〟しとるで…よっしゃ!そうと決まれば急ぐでぇ♪」
俺は2人を置いて駅へと駆け出した。
「なぁ…暮石くん…」
「ん?」
「彼ほど名前が本人を表している人間は珍しいと思わないか?」
「名前って…不惑 勇でファッ○ユーって事か?」
「ほんとに君は彼よりバカなんだね…それのどこが彼を表してるんだよ?」
「いや…アイツ闘う前に中指立てるし…」
「そういう事では無くて、不惑 勇…勇ましい事に惑いを持たない…まさに彼自身じゃないか」
「はぁ…」
「…やっぱ君には難しかったみたいだね」
「いや!完全に理解したっ!!」
「……」
「ニュアンスだけはっ!!」
「はぁ~…溜息しか出て来ないが…このままでは彼に置いて行かれる、僕達も走るとしよう」
「正大…勇もだがお前も相当なアホやな…お前ら大事な事を1つ忘れとるぞ」
「?」
「先走ってるけどアイツ…金を持っとらんのやで?つまり大蔵大臣の俺様がここに居る限り、置いて行かれるなんて事は有り得ないのだよ♪」
「でも300円は持っていたはずだが?」
「大丈夫!奴はあの300円を死守する為に電車賃も体育館の利用料も俺に出させた男だっ!帰りの電車賃だけ自分で出すなんて事は断じて無いっ!!」
「確かにそれは言えているな…フフフッ♪」
「せやろ?ハハハッ♪」
遥か後ろから柔と正大の笑い声が聞こえた。
「お前ら何を笑ってんねんっ!チンチラしとったらほんまに置いてくどっ!?」
「出来るもんならやってみぃっ!!」
「そうだそうだっ!出来るならやってみるがいいっ!!」
すっかり暗くなった周囲に、やたら強気な2人の叫び声が木霊した…




