祭りの後
「すいません…」
控え室に入って来た2人を見て、最初に口から出たのは謝罪の言葉やった…
吐き出した後で込み上げて来たのは、大任を果たせなかった不甲斐なさ…
そして2人の顔を見た事による安心感…
負けたとは言え重責から解放された事も手伝って、自然と涙が溢れそうになる。
「ア、アレ?おかしいな…そんなつもり無いんやけど…アレ?なんで俺…」
「我慢せんでええ…緊張の糸が切れて、堪えとった感情が溢れ出したんやろ…」
「ちょ…泣かんといてよ!我慢してんのにアンタが泣いてるん見たら…そんなん見たら…もう無理やん…」
大作さんがそそぐちゃんの背中をポンッと押し、ヨロヨロと力無い歩みで近付く彼女。
立ち上がり、それを受け止めようとした俺だったけども…
「ウォラッ!!」
「え……ビンタ…?い、痛い……んですけど…?」
「負けた罰じゃいっ!痛いかっ!?痛いやろっ!?今のはクリリンの分っ!!」
「いや…あの……クリリン?」
「んでもって今から喰らわすんが、泣かされた私の分っ!!」
「ちょ、ちょい待ち!俺、試合後で……」
「言い訳なら署で聴こうか!」
「署って!?」
「ウォラァッ!!」
「ブプッ!!」
「ドヤッ!痛いやろっ!そんだけ痛かったら………
心の痛みは消えたんちゃうかっ!?」
「へっ…?」
その様子を見ていた大作さんが呆れた様に言う。
「ったく…そそぐちゃんは不器用やなぁ…愛情表現が独特過ぎるで♪でも勇は試合後でダメージも残っとる、その辺でやめときぃな」
「フンッ!」
鼻から大きく息を吹き出した彼女…
少し落ち着きを取り戻したのか、小刻みに肩を震わせ俯いたままでこう言った。
「お疲れ様だぞ…バカヤロー…」
その声までも震えてた。
「あ、そうや!大作さん!俺…試合の途中で記憶が消えとって…確かスプラッシュマウンテンの体勢に入ったはずやねんけど…フィニッシュは…フィニッシュはどないなったんですっ!?」
「ん?なんや覚えてへんのか…お前が仕掛けたスプラッシュマウンテンは見事に決まった。暮石くんはリングにバウンドする勢いで頭を打ちつけとったよ」
「な、なら何で…?」
「暮石くんはな、落とされる寸前でお前の首に両足を引っ掛けたんや…恐らくフランケンシュタイナーに持って行くつもりやったんやろけど、足を掛けるタイミングが遅過ぎた…一応、形だけは後転まで持って行けたけど、その前に頭を痛打してしもた。多分あの時点で彼の意識は飛んどったと思う」
「……」
続きを待って黙ってたら、今度は新たな声が大作さんの後ろから聴こえた。
「そっからやで、あの柔って奴が凄かったんは…」
声の主は不破やった。
「不破!お前どこ行っとってん!?」
「ん?ウンコ」
「き、緊張感を損なう奴っちゃのぅ…」
「アホか!小便もウンコも我慢は身体に悪いやんけ!これでもお前の試合中は我慢しとってんぞ!」
「当たり前やろ…」
「だからよ…リング下から念を送ってたんや…はよ終われぇ〜…はよ負けろぉ〜…ってな♪」
「ケッ!言うてろタコッ!んな事より…はよ続き話せや!柔がどんな風に凄かってんっ!?」
「アイツはな…明らかに意識飛んでたのに、お前の首を挟んだ足を解かず後転して締め技に入りよったんや」
「締め技…」
「普通、フランケンシュタイナーは足で挟んだ相手を後方に投げ飛ばすやろ?せやけどアイツは挟んだまま後転して、胡座の体勢に入った…で、そのまま締め上げて、どっかの誰かさんは見事に落とされたって訳や♪」
「何や楽しそうに話すのぅ…そんなに俺が負けて嬉しいんかいな?」
「ああ!ええ気味やと思っとる♪」
「お前さぁ…そこは、俺に勝ったんだから誰にも負けて欲しくない…とか、お前を倒すんは俺だ…みたいな気概は無いのかね?」
「無いのだよ」
「あっそ…」
その時、大作さんの携帯が鳴り、顔の前に掌を立てながら控え室から出て行った。
数分後に戻って来た大作さん…
「暮石くん陣営から電話でな…これからCTやら何やら細かい検査を受けるらしいけど、とりあえず脳波の異常は無かったから多分大丈夫やろってさ。念の為に2〜3日入院するけど、見舞いは遠慮するってよ」
「そうっすか!良かった…一先ずは安心しましたわ」
悔しいのは当たり前や。追い続け、追い越せたかもと思ってた背中に届いて無かったんやから…
せやけど妙に晴れやかな気分なのも確かで、なんて形容すればええかわからん感情になってる。
まぁ何はともあれ…
こうして「俺達の約束」は、俺の敗北という形で果たされた。
ー・ー・ー・ー・ー・1週間後・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「よう、そろそろ時間やろ?」
「お!もうそんな時間か…てか不破よ、試合終わったのにお前まだうちのジムにおるんかいや?」
「へへへ臨時雇われの傭兵は卒業でな、見事に正規兵へ昇格や♪」
「え?って事は…」
「応よ…これからもお前が負けるところを間近で見続けたるからよ♪それが嫌なら早いとこ強ぅなってくれや少年!」
「そんなに年離れてへんやんけ…」
「んな事より時間!はよ観ようや!」
「あ、あぁ!せやったな!」
今日は柔の休養で先延ばしになってた記者会見がある。
それを動画サイトで生配信するってんで、皆で観ようって話になったんや。
大作さん、優子さん、鈴本さん、新木さん、不破のアホと揃って応接室に集まる。
動画サイトをTVに飛ばすと、ちょうど会見が始まったところだった。
「え〜…この度は僕の入院・休養のせいで、会見が遅くなってしまった事、非常に申し訳無く思ってます…関係者の皆様すいませんでした。お陰様で異常も無く、3日目には退院出来まして…つい癖で4日目に練習行ったら会長に帰れっ!ってドヤされちゃいました…ハハハ」
取材陣にも笑いが起こり、場が一気に和んだのが画面越しでもわかった。
その後、これまた先延ばしになってたベルト授与が行われ、2本のベルトを両肩に垂らした柔に多数のフラッシュが焚かれた。
「どんな気分よ?」
意地悪な笑みを浮かべて不破が訊く。
「どうもこうも無ぇよ。互いに全力を出した結果、アイツの方が強かった。強い奴のところへベルトが行くのは当然や…それだけの事や」
「フ〜ン…」
不破は何か言いたげだったが、直ぐに画面へと視線を戻した。
会見はそのタイミングで質疑応答に入り、他愛もない質問が多数飛ぶが、それらに嫌な顔もせずニコやかに答える柔。この辺は陽キャの本領発揮やな…俺には真似できへん部分やわ。
そして司会者が次で最後の質問と伝え、それに呼応して無数の手が挙げられる。
権利を獲たのは有名格闘技サイトの記者だった。
その記者は立ち上がり社名と名前を告げると…
「統一チャンプとなり、現時点で日本最強の一角と言っても過言では無いと思いますが、今後の目標…及び…闘いたい相手などいらっしゃいましたらお聞かせ下さい」
そんな質問を飛ばした。
正直ありふれた質問だし、最後の最後まで出てなかった事に驚くが、柔の答えは大気圏を越える勢いで遥か斜め上の物やった。
「え〜…今後の目標というか…挑戦したい事は、アメリカのメジャーMMA団体で実力を試したいと思っています。で!闘いたい相手ですが…1人だけ居ます。それは…
不惑勇です!」
どよめく会場…そりゃそうやわな…1週間前に勝った相手を再び名指しするって…普通ならあり得へんもの。
当然、狼狽えながら記者が質問を重ねる。
「え…いや、あのですね…しかし…不惑選手には先日勝ってる訳ですし、本業のMMA選手でも強い相手は大勢いるじゃないですか?なのに不惑選手を指名した真意は…?」
すると柔は相変わらずニコやかな顔で…
「実はあの試合、記憶が途中で飛んじゃってて勝った実感が無いんすよねぇ…関係者から聞いたんですが、どうやらアイツも記憶が飛んでたらしいんすよ…」
ここで柔が突然立ち上がり、カメラ目線でマイクを握った!
「おい!勇っ!観てっかぁ♪実際のところ、お前もスッキリして無ぇんだろ?まだ俺に負けたとは思って無ぇんだろっ!?心は折れて無ぇんだろっ!?だったら又やろうぜぃっ!!俺はアメリカのメジャーでチャンピオンになっから!お前も俺のステージまで上がって来いや!
待ってっからよ♪」
そう言うと、中指だけを折り畳んだ“グワシッ”の出来損ないみたいな手をカメラに向けて来た。
俺は背中を何かが這い上がって来るような気がした。
多分、それは歓喜と呼ぶ物なんやと思う。
その証拠に俺は自然と笑みが溢れとる…
「上等じゃい!首根っこ洗って待っとれや!いや!首だけや無い!俺に極められるかも知れん手首と足首も洗っとけや!何ならついでに乳首も洗っとけ!!」
俺は我慢し切れず立ち上がり、画面に向かって叫んどった。
もちろん中指を立てながら…な!




