柔の入場
なんちゅう選曲や!
まぁ…あのアホ猿らしいっちゃあらしいけども。
ん?アイツ…レガースなんか着けとるんかい…
俺も舐められたもんやのぅ。
いや、ちゃうな…
黒のショートタイツに黒のレガースと黒のニーパット。
考えてみりゃ、あれこそが格闘系プロレスラーの正装や。
アイツなりに俺に敬意を示してくれとるって事かもな…
おっ!?いよいよ俺の出番みたいやな。
勇よ…俺の入場曲、よ〜聴いとけよ。
この曲に込めた想い、お前なら解ってくれると信じとるで。
「よっしゃ!行くで柔!!」
「ウスッ!」
セコンドのお二人に促されると同時に、俺が選んだ入場曲のイントロが流れ始める…
軽くジャンプして、床を3回ドンドンドンッと踏み鳴らしてから花道へと飛び出した。
全方位から浴びせられる歓声が俺の肌を粟立たせる…
せやけど俺は周囲に愛想を振り撒くでも無く、リング上のアイツだけに視線を突き刺した。
既にこちらを見つめてたアイツと目が合う…
「へっ!相変わらずブサイクな面やでほんま…」
自然と憎まれ口が溢れ出た。
それと同時に笑みも溢れる。
そんな俺を見つめるアイツもニヤリと笑ったんが見えた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
いよいよや…
いよいよ俺が背中を追い続けたアイツが、俺と同じリングに向かって来る…
入場曲のイントロが流れて来た。
優しいギターのメロディから突然の転調!
疾走感のある曲が耳を駆け抜ける。
「そう来たか…柔よ…」
その曲を耳にした俺は思わずそう呟いとった。
アイツが選んだ曲の出だしの歌詞…
そこに俺達の全てが表されとる…そう思った。
その歌詞はこうや…
“よくまぁここまで俺達来たもんだなと”
ほんまにそうよな…
アイツとの思い出が脳内を駆け巡り、不覚にも泣きそうなったわ…
その曲はB'zの名曲「RUN」
せやけど込み上げるモノをグッと抑え込み、奴の現れる花道へと視線を射る。
イントロ部分が終わり、さっきの歌詞が流れると同時に奴が飛び出して来た。
アイツの動きに合わせてドレッドヘアが踊る…
1本1本が別の生き物みたいに跳ねる様子は、何匹もの蛇がうねっとるみたいで、さながらメデューサみたいや。
真っ赤なバトルパンツに真っ赤なグローブ…
当然ながらレガースは着けてへん。
奴は周りに目もくれず、真っ直ぐに俺を見つめとる。
へっ!光栄やないかいっ!
自然と笑みが溢れる。
すると、ほぼ同時にアイツが笑っとるのも見えた。
口にせずとも想いは一緒…てか?
花道中央くらいを過ぎた時、曲のサビが訪れると同時にセコンドも置き去りにして奴が突然駆け出した!
“荒野を疾走れ!”
そのまま一気にリング下まで来たアイツが、初めて俺から視線を外した。
そして会場全体を見渡すと、右の拳を高々と掲げながらゆっくりとステップを登って来る。
これに客席は大爆発…くぅ〜役者が違うのぅ〜
セルフプロデュースでプロレスラーの上を行かんといてくれや!
柔がステップを登り切るのと同時に追いついたセコンド陣。そのまま急いでロープに隙間を作ると、悠々と柔がそれを潜る。
そして掲げとった右拳を俺へと向けたけど、その顔はさっきまでの笑顔が嘘みたいに消えた冷たいもんやった…
へっ!そうかよ…そういう事かよ…
そうなると俺もスイッチを切り換えなアカンのぅ。
今からお前の事を親の仇やと思わせて貰うで…柔よ。
俺の表情が変わったのを見届けると奴は、そのまま背を向けてコーナーへと下がって行ったんや。
あ、それと1つ言い忘れたけども……
自分があんな入場曲を選んだ事が、今もず〜っと恥ずかしいのだが?
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
ふぅ〜…どうにか盛り上がったのぅ…
入場曲をコレにして良かったでほんま。
実はもう1曲、候補があったんやけどな…
それが中山美穂の「ワクワクさせてよ」やったって事は墓場まで持って行こうと思う…




