三猿
それは師匠との練習を始めて直ぐの事やった…
ピコン♪
「お?…勇、山田からLINE来たど」
「アツアツやのぅ♪ええ彼氏が出来て良かったやないか島井♪」
「ぶち殺したろか…ワレと金木の件で連絡が来たっちゅうとんのや」
島井の持つスマホの画面を皆で覗き込むと…
〝1週間後の午後4時、こないだと同じ長田漁港で…金木からの伝言や〟
それだけが ぶっきらぼうに書かれていた。
どうやら想像してた程アツアツでは無いらしいな…なんやガッカリやわ…
「フム…1週間かぇ…はてさて、そんな短期間でどれだけの事をお主に教える事が出来るかのぅ…」
不安そうな師匠が、顔を皺くちゃにしてそんな事を呟くもんやから
「大丈夫っス!だって俺…天才っスから♪」
胸を叩いて見せると
「まぁ…つまらん冗談は置いといてじゃ…
時間もあらへん事やし、チャッチャと練習を続けよかいのぅ」
「室田さんの言う通りやぞ勇…今は死ぬ程サブい冗談言うとる場合ちゃうやろよ」
「ほんまやどワレ…練習に付き合っとるワシ等の身になったら、そんな殺意の湧く様な冗談は出て来ぇへんはずや…猛省したれや」
……なんやねん皆んなして…
しまいにゃグレるどっ!
まぁそれはともかく…
そんなこんなで俺の〝特訓〟は始まったんや。
師匠が島井を相手に実演して、俺が柔を相手に実践するって方式を取った。
勿論、最初は基本的な技と理論からや。
師匠は言いはった。
「ええか?合気道の根本は〝入り身〟と〝転換〟や。この理論を理解して実践出来たなら、型にはまった技なんざぁ覚えんでもあらゆる状況に対応出来る様になる…逆に言うとこの理論を理解出来なんだら、どれだけ技を覚えようが何んの役にもたたんっちゅう事よ」
「デシッ!」
「…ほんまに解っとるんかぇ?」
「デシッ!!」
「……」
そのやり取りを見ていた柔が言う
「あ~…こりゃアカン!なぁ~んも解ってない返事っスわ室田さん」
更に島井も続く
「その返事、昔のコントで見た事あるどっ!絵に描いたようなアホの返事やんけっ!」
「こりゃやっぱり1週間では足りそうに無いのぅ…」
師匠までが頭を抱えてはる…
「確かに今は理解出来てへんっ!でも必ず1週間でモノにするわいっ!!」
「ワレ…その根拠のあらへん自信はどっから出て来たんや?」
島井が呆れ顔で言い、俺を見る師匠と柔の視線も疑ってかかっとる…せやから俺はもっぺん胸を叩いたんや!
「だって俺…天才っスからっ!!」
3人が輪唱みたく順番に溜息を吐き出した。
なんや俺…全く信用されてへんやんけ…
腹立つを通り越して、なんや悲しゅうなってきたわ…
いやっ!凹んどる場合や無いっ!
ここは有言実行で皆んなを見返したるわいっ!!
そんな覚悟で挑んだ〝特訓〟やった。
「〝入り身〟も〝転換〟も、一朝一夕で体得出来る様な簡単な物や無い…難しい事を細々言うたところでお主にゃ理解出来んやろうから、ワシも猿に教えるつもりで噛み砕いて教える!ええのっ!?」
「さ、猿…」
これを聞いて、柔と島井が腹を抱えて笑い出しよった…
特に島井は転がらんばかりの勢いで俺を指差しながら…
猿って言われた俺をゴリラが指差して笑ろとる…なんやこの屈辱感は…
柔も同じ事を考えたんやろな
「良かったな島井、同じ類人猿のお友達が出来て!これからお前らと会う時はバナナ持ち歩かんとアカンな俺♪」
これで島井の笑いがピタリと止まった。
代わりに、メラメラと念の込もった視線を柔に注いどる。
俺もそれに乗っかって同じ視線を送り始めた。
すると師匠
「おや?柔君よ…猿は性行為旺盛と聞くぞい。せやからワシの中ではお前さんが一番猿に近いんじゃがのぅ。〝バカ猿〟〝ゴリラ〟〝ヤリ猿〟の三猿かぁ…こりゃ練習の度にバナナ持って来なアカンなぁワシ♪」
「ヤ、ヤリ…猿…」
ぐうの音も出なくなった柔も加え、口から魂を吐いた〝三猿〟が師匠の前で項垂れた所で〝特訓〟の初日は終わった。
それからは毎日、この公園で練習練習の日々やった。
師匠の言いはった〝入り身〟と〝転換〟の理論。簡単に言うならば…
〝入り身〟とは相手の攻撃が十分な威力を発揮する前に、懐へ入り込んで相手の打撃を殺す事。
そういう意味ではボクシングのクリンチも〝入り身〟の一種と呼べるかもしれん。
ほんでもって〝転換〟は相手の死角に入り込むような体捌きやな。
相手の攻撃をかわしながら、外側や背後へ動いて敵を封じる…
本当はもっと細かく複雑なメカニズムなんやろうけど、猿でも解るように簡単な言い方をしてくれはったんや師匠は…きっと。
で!ようやく朧気ながらニュアンスを掴めてきた5日目の事…
ピコン♪
又もや島井のスマホがLINEの着信を告げた。
「なんや?また彼氏からか?」
「よし…歯ぁ喰い縛れ…」
「冗談やがな冗談!それより明後日の事で連絡ちゃうんか?早ぅ見んとアカンやろ!」
誤魔化す俺にブツクサ言いながら、島井がスマホを開くと…
〝今、電話して大丈夫か?〟
いきなり電話せんと先ずはLINEで確認を取るとは、山田って見掛けによらず律儀な奴っちゃなぁ…そんな事を思いながら俺は
「あ…席外そか?」
「要らんわっ!何んの気遣いやねんソレッ!」
「いや…俺達の前じゃ話しにくい事もあるかと…なぁ?」
柔に同意を求める。
「それもそやな…少し離れといた方がええかもな…ねぇ?」
柔が師匠に繋ぐ。
「ほんにそやな…あとはお若い人同士で♪」
「む、室田さんまでコイツ等の世界に引きずり込まれんで下さいよっ!」
そんなやり取りの後、島井の方から山田へ無料通話をかけた。
「おう、ワシや…どした?あぁ…あぁ…えっ!?……マ、マジか?
わかった…ちゃんと伝えとく…あぁ…またな」
電話を切った後も、深刻な表情で画面を見つめたままの島井。
「ようよう…どした?山田の奴なんて言っとったんや?」
すると顔を上げた島井の口からは、予想もしてなかった言葉が吐き出されたんや…
「勇…金木が…誰かにやられて入院したらしい…」




