観察眼
ゴングと同時にユーリが飛び出した!
間合いもクソも無いまま左右のフックをブン回す!
体格からは想像つかへんけど、思ったよりスピードはある。
モニター越しでも風切り音が聞こえそうなパンチ…
当たれば倒れる一撃やとは思う。当たれば…やけどな。
というのは、あまりにも単調過ぎるんや。
上下に打ち分けるでも無く、御丁寧に左右交互に振り回すだけ…コレじゃ当たらんよ。
「コリャ全然やな…思ったより早く決着つきそうやぞ」
隣で観てる不破が呟いた。
「不破…やっぱお前もそない思うか?」
「ああ。まぁMMAと違ってロープエスケープのあるルールやし、俺は経験あらへんルールやから絶対とは言えんけど…」
「そうよなぁやっぱ誰が見ても天地の勝ちは動かんよなぁ…ユーリも流石にあの打撃じゃあなぁ…」
「は?何言ってんのお前…どう見てもユーリの勝ちは動かんやろぅよ」
「へ?」
そんな会話をしていると、モニターから大歓声が聞こえて来た。
そちらに目を戻すと、足を捕らわれた天地が苦悶の表情でロープを探しとった。
「なんや?何があったんや!?」
「蟹挟みからの膝十字…それは天地が凌いだんやけど、ユーリの奴がすかさずアキレスに移行しよった。流石に極めは上手いのぅ…」
「な、なんで…あんな単調な打撃、天地やったら簡単にカウンターなりタックルなり取れたやろぅに?」
「アホ!あの打撃はなぁ言うなら弾幕や。当たれば終わりの弾幕に突っ込むパイロットはおらんやろ?
実際に天地とか言う奴は、あのパンチの威力に萎縮してしもぅてた。その証拠にガード固めたまま真っ直ぐ後ろに退がってもぅてたからな。で…ユーリが上手いのは、そのまま寝技に移行したんじゃあロープ際になっちまうってんで、組むと同時に立ち位置を入れ替えよった。そのまま蟹挟みからの足関節…まぁここは天地のエスケープでユーリがポイント取るやろ」
不破が言い終わると同時に、天地の右手がボトムロープに掛かった。
「エスケープ!!」
叫んだレフリーが2人を分ける。
これで天地の持ち点は4ポイント…
レフリーが2人に立つよう促したが、天地の様子が何やらおかしい。
脂汗をタラタラ垂れながら最上段のロープを掴む。
んでもって必死で立とうとするけど、産まれたての羊みたいに安定せぇへん。
ようやく立った!と思った途端、力が抜け切ったみたいに崩れ落ちた。
「ダウンッ!!」
それを見たレフリーがダウンを宣告!
これで天地の持ち点は一気に3ポイントまで減った訳や。
「あ〜…アレ、足首イッてもぅたかもな…」
言いながら不破が小さく首を振る。
「て事は…」
「あぁ。立てんかったら終わりやし、立ったら立ったで地獄っちゅう事っちゃ」
モニターの向こうでは天地が何とか立ち上がってた。
せやけど明らかに左足を庇っとる。
右利きの天地からすれば右足が大砲の弾やったら、左足は発射する為の砲台や。
左足を踏ん張れないって事はもう碌な攻撃は繰り出せんって事…
それを見越したユーリが右ローを打ち始めた。
当然ながら天地は、ガードすら嫌がって左足を退く。せやけど踏ん張れずその場に倒れた。
ダウンにも見えたけど、これはレフリーがスリップと判断。
「命拾いしたのぅ天地…いや…ダウン取られた方が休めたし良かったかも知れんなぁ」
「こっからの展開、どないなると思う?」
「あん?どないもこないも無いわいな…天地にはただただ地獄が待っとるやろぅさ」
試合が再開されると再びユーリが執拗に右ロー連打!
天地もよく捌いとる。
「そろそろ頃合いやのぅ…勇、ちゃんと見とけや、終わるぞ!」
「えっ!?」
視線をモニターに戻すと同時に、ユーリの右脛が天地の首筋へと絡みついた!
天地は吹っ飛ぶのでは無く、前向きに…俯せに倒れ込んだ。
即座にレフリーが両手を交差させる!
6分14秒…ユーリのTKO勝ち。
あの天地がええとこ無しで敗れ去るとは思わなんだ…
「ユーリとか言う奴…喰えん奴っちゃのぅ♪」
「ん?」
「アイツ…天地の足が壊れた時から、ハイキックで決めるの狙っとったで」
「そうなんっ!?」
「応よ。痛めた足を執拗にローで攻める事で下に意識を向けさせる。更に言うなら、打撃は苦手ってユーリのイメージがあるから、まさかハイキックは来んやろって天地自身も踏んどったかもな…そこへいきなりのハイや。
そりゃそこらの格闘家やったら喰らってまうかもな。ましてや天地はアマチュアキラーではあってもプロはコレが初試合やったしな。もしかしたら初っ端の下手くそなパンチ連打も足技を警戒させへん為の布石やったかも知れんど…」
「ほぇ〜…」
「な、なんや…人の顔をマジマジ見やがって…そんな趣味はあらへんどっ!」
「アホかっ!お前に言い寄るくらいやったらガラガラ蛇を抱くわいっ!!」
「………下手くそな喩えやのぅ」
「やかましゃっ!!」
「なら…何でワイの顔を見てたんな?」
「いや…お前の解説ぶり…ただのアホや無かったんやなぁと思ってよ」
「ケッ!出番は近いど!身体冷やさん様にもっぺん軽く動いとけ!!」
照れた様に吐き捨てるとミットを取りに行った不破。
今の試合内容そのものは大して印象には残らんかったけど、改めて不破の観察眼には驚かされた。
俺…よくコイツに勝てたよなぁ…
そんな事を思いながら不破の構えたミットに打撃を打ち込む。
そして不破をトレーナー&セコンドに指名してくれた大作さんにも改めて感謝したんや。




