アップ開始!
グラップリングマッチだったはずの試合がKOで決着。
それとほぼ同時に控え室のドアが2度鳴った。
「どうぞ〜」
返事を終えるより早くドアが開かれ、不破のアホがヅカヅカと入って来た。
「おうっ!そろそろアップ始めんぞ!!」
「それもそやな…」
この後にロストポイント制の試合が1試合、MMAルールの試合が1試合。
それが終わるといよいよ俺の…いや!俺達の出番や!!
あ、この「達」ってのは不破の事や無いで!
もちろん俺と柔の事を指す「達」や!!
不破より少し遅れて、トレーナーの鈴本さんと新木さんが入って来る。
ミットだけを腕にはめて来た不破と違い、お二人は救急箱やら水やらを手にしてる。
「おいおい不破…ああいうのはお前が持って来るもんやろが…新入りやねんからよ」
「あん?俺はトレーナーとして雇われたんとちゃうぞ。俺はあくまでお前の格闘教官やからよ、荷物持ちは管轄外なわけよ♪」
「俺に敗けた奴が偉そうに…」
「な!お前!またそれを言うかぁっ!?あれは俺がスポーツの範疇で闘ってやったからやろがいっ!!路上やったら2分ありゃお前を殺せんだよっ!!」
「はいはい♪強い強い♪♪♪」
「…………殺す」
はめてたミットを外して構える不破。
それを見て鈴本さんが
“やれやれ又か”とばかりに頭を掻く。
新木さんは笑いながら…
「何回見せてくれんねや?その再放送をよ!大概飽きてるんやけど?」
そう言ってミットを不破に手渡した。
舌打ちしながらも素直に受け取る不破。
それを装着し終えると…
「よっしゃ!んならヤルぞバカチン。先ずはワンツーからの膝や。とりあえず10回イッとこか」
「応よ」
奴の構えるミットにパンチを打ち込む。
ストレートを放つと同時に不破が左ジャブの反撃、それをやり過ごしながら左膝をボディに突き刺す!
何故か不破は、このコンビネーションを毎日俺にやらせた。そのお陰で身体が覚えこんでてスムーズに動く。
奴の言った通りに10回を終え、今度は不破がそのコンビネーションを打って、俺がそれに反撃を合わせる練習。
不破の打つワンツーをしっかりとガードし、膝が来るタイミングで左に半歩ステップ…そのまま右足へのタックル。これを10回。
それが終わると再び俺がコンビネーションを打ち、不破が膝にタックルを合わせて来る。
そして俺はそのタックルを切ったり、膝の軌道を変えてカウンターでタックルに合わせる。
「よっしゃ!ええやろ。なかなか仕上がっとるやんけ」
「なぁ不破よ…ほんまにコレでええんか?」
「ん、何がや?」
「いや…練習に付き合って貰っといてこんなん言うんもアレやけどよ…コレが柔に通用するとは思えなくてよ…」
「うん。通用せんよ」
「んなっ!?お、おま…」
「これだけやったら…な」
「…どゆ事?」
「まぁ俺を信じろや♪」
「どっから来んねや…その自信……」
こいつがパートナーになってから毎日繰り返しやらされたのが、このコンビネーション…
それと両膝でダミー人形を強く挟む練習…
両足首で鉄棒にぶら下がる練習…
あとは徹底した背筋力のアップ…
もちろん他にも色々とやらされたし、技も幾つか教わったけど、これらの練習は毎日徹底的にやらされた。
教わった技を自分のモノに出来たとも思えんし、別段強くなった自覚も無いんよなぁ……
そんな事を考えとったら、ロストポイント制ルールの試合が始まる時間になっとった。
青コーナーはアマチュアトーナメント荒らしとして有名で“最強の素人”なんて呼ばれとる
天地 彰選手。
アマチュア修斗、アマチュアパンクラス、アマチュアシュートボクシング…およそ思いつく有名なアマチュア大会にはほぼ出場。
そしてその殆どで入賞を果たしとる。
優勝経験こそ少ないものの、単純な勝率だけで言うならかなりのもんや。
因みにプロの試合はコレが初。
身長182cm、体重88kg。
ゴリゴリのマッチョって訳や無い…
薄っすらと脂肪がのったその肉体は昭和のプロレスラーを連想させる。
それと…男前でも無いんで好感持てる♪
対する赤コーナーはユーリ・スタボロビッチ。
サンボ世界選手権で3位入賞。
数年前からブラジリアン柔術も学び、結構なスピードで青帯を取得したロシア人。
打撃はからっきしやけど、組技だけなら世界トップクラスと言われとる。
総合格闘技はまだ3戦目。
デビュー戦ではキックをベースにした選手にボロクソにやられてのTKO敗け…
その時についたアダ名が“ズタボロビッチ”
まぁ本名がスタボロビッチでボロクソにヤラれたんやっら、アダ名はそうなるわなぁ…
身長は179cm、体重は天地選手と同じく88kg。
数字だけ見りゃあ太り過ぎに思うかも知れんけど、ロシア人特有の骨太な骨格とモチモチした筋肉…
全盛期のヒョードルを想わせるガタイやな。
「おいっ勇!アップ続けるか試合観るか…どないする?」
「ん、あぁ…ちょっと観たいかな」
「んなら筋肉冷やさんようにコレ着とけ!」
不破に投げられた厚手のパーカーに袖を通し、肩はタオルで覆う。
そして椅子に腰をおろすと同時にゴングが鳴り響いた。




