非三段論法の世界
金木グループと闘り合った次の日、俺達3人はあの公園で集まった。
俺と島井が戦い、室田師匠と出会ったあの公園で。
集まったって言っても、俺と師匠の練習を2人が見学に来たってだけやねんけどもな。
そんでもって練習前、必然的に昨日の出来事を師匠に話す事となった訳…
「…て事があったんですわ」
「ほぅほぅ、なるほどのぅ…それで柔君の鼻がデカいガーゼに包まれる事になったっちゅう訳か…ヤリチンの柔君の事やからワシャてっきり、ついに梅毒で鼻がモゲてしもたんかと思ったわいな♪ヒャヒャヒャヒャ!」
「酷ぇっ!そりゃ無いっスよ~室田さん♪」
柔の奴…そんな台詞を吐きながらも、ヤリチンキャラが定着しとる事にまんざらでも無い様子で笑とる…
「あのバカ…鼻が折れたってのに病院にも行かんと、自分で割り箸突っ込んで曲がった鼻を戻したんスよ…師匠、怒ったって下さいよ」
「頭ぁ蹴られたっちゅうのが心配じゃが、鼻はそこまで問題無かろうよ…まぁあまり感心はせんがのぅ。ワシも経験あるが、折れた鼻を戻すんは滅茶苦茶痛いもんや…それを自分でやったっちゅうのは大した根性やな。いやはや元気で結構結構♪」
「師匠~そんな能天気な…」
ここで調子に乗った柔が
「世紀のモテ男としちゃあ、このガーゼが取れるまで女にイカれへんってのが一番の苦しみ…やけどな。あ…君達には理解出来ない話だったね、失敬失敬♪」
なんて事をぬかしよった…
俺と島井が殺意をこめて睨みつける。
柔よ…俺達をナンパに連れてった真の理由ってのも忘れてへんど…
やのに舌の根も乾かん内からようも言えたもんや…
いっその事、2度とナンパも出来へん顔にしたろかいな…
そんな事を思ってたら
「でや、次はお前さんがその男と闘り合うっちゅう事やけども、勝算はあるんかいな?」
師匠に問われた。
「正直…無いっス。ここに居る3人の中で俺はまだ一番弱い…そんな俺が柔を倒した奴に勝てるんか…あの時は勢いで闘る言うてしもたけど、現時点では不安しか無いっス」
これに師匠が鼻を鳴らした。
「フフン…一番弱い…か。まぁそうじゃろうな。せやけどな、ケンカでも競技でも格闘っちゅうのはそないに単純な物や無い。
お主が柔君より弱い、柔君がそのテコンドー使いよりも弱い、だからお主もテコンドー使いより弱い…とはならんのじゃよ。
三段論法が通用せぇへんジャンケンみたいなもん…それが格闘の世界。それをよぅ覚えときぃや」
ここでようやく島井が話に入って来る。
「室田さんの言う通りやど。それにや、昨日ワシが言うた事もう忘れたんか?柔は間違いなく金木よりも強い。10回勝負したら勝ち越すんは柔や。ただ初戦で敗けを掴んでしもた…それだけの事や。仮に三段論法を基準にしても、金木がお前より強い事の証明にはならん。お前らしくも無いど…自信持たんかいっ!」
せやった…
確かに俺らしく無かったわ…
俺は1990年 新日本プロレス東京ドーム大会でのアントンの名台詞を思い出していた。
「出る前から敗ける事考えるバカ居るかよっ!!」
流石は燃える闘魂アントニオ猪木や!
きっとこれは、過去から今の俺の為に送ってくれたメッセージなんやっ!!
おおきにっ!厚く御礼申し上げますっ!!
気づけば俺は固く目を閉じて掌を合わせていた。
「よぅよぅ…勇…どうせまたプロレスラーの名言を思い出して感謝しとるんやろ?」
「ほんまにイタい奴っちゃの…ワレ…」
(グッ…バ、バレとる…)
せ、せやけどなんも恥ずかしい事あらへんわいっ!
俺は自分に突き刺さる白い視線を振り払うと、
柔と島井を無視して師匠に頭を下げた。
「師匠…頼んますっ!テコンドーに勝つ為の技術を俺に御指南下さいっ!!」
「……」
返事が無い…
不安になった俺は、下げた頭を少~しだけ上げて様子を窺ってみる…
すると師匠、米噛みを掻きながら困った顔をしてはる…
「えっと…師匠…どないしはりましたん?」
「ん~…ワシャ合気道を教える事は出来るが、他の格闘技に対する技術となるとどうにもピンと来んでなぁ…どないしよかいのぅ」
すると…
「昨日の闘いを見てて、何個か気付いた事がある」
言ったのは島井やった。
「気付いた事?」
「あぁ。柔よ…1つ訊くが、昨日の闘いで奴ぁ顔面パンチ使たか?」
「いや…1発も使わなんだな」
「ローキックは?」
「いや…使ってない」
「やっぱりのぅ…」
なかなか本題を口にせぇへん島井に焦れる俺
「やっぱりってなんやねん?勿体ぶらんとはよ教えてくれやっ!」
「テコンドーも世界的な団体が2つあってな、団体毎にルールが違うんや。ITF(国際テコンドー連盟)とWTF(世界テコンドー連盟)で、今主流なんはオリンピックでも用いられとるWTFのルールの方や。このルールはローキックと顔面への突きは禁止されとる…つまり金木が使うテコンドーはこっちの方やと考えて間違いあらへんやろぅ」
「つまり…顔面パンチとローキックは使い慣れてないし、使われ慣れてない…って事か?」
「まぁアイツも喧嘩屋やさかい、まるっきり経験が無い訳やあらへんやろけど…な」
すると今度は柔が会話に参戦。
「昨日の闘いは、相手に合わせたくなる俺の悪い癖が出てしもたからな…俺が最初から持てる技を全部出しとったらアイツがどこまで対応出来たんか…
決めつけてかかるんは少々危険やけども、島井の言った所に金木攻略の糸口があるかもな」
ここまでの話を聞いて、室田師匠がピシャリと自分の太ももを叩いた。
「よっしゃ!大体の話は解った。其奴は高い蹴りを多用するんじゃな?ならば〝やりよう〟もありそうじゃわぃ♪ほな早速練習にかかろうか!」
「お願いしますっ!!」
「せっかく来たんや、そっちの2人もちょっくら手伝ぅてくれんかい?」
「喜んでっ!」「うすっ!」
こうして俺達の金木攻略の為の練習は始まったんや…




