矜持
笑い倒す2人の“ゲラ地獄“が収まると、大作さんが間髪入れずに本題を切り出した。大作さん…グッジョブ!
「では早速、ルールの確認に入ります。勇もフワちゃんも、意見があれば遠慮なく言うてくれな」
「了解っす」
「おけ」
返事をすると同時に、九尾さんがバッグから資料を取り出して俺達に差し出した。
資料っちゅうてもそんな大層なもんや無く、A4のペラ紙が3枚。
箇条書きされた文字がビッシリ並んどる。
俺達が資料に視線を落とすと、九尾さんが口を開いた。
「え〜…大まかにだけ説明させて頂きますと、ルールはミックスルールとなります」
「ミックスルール…」
「はい。5分1Rでロストポイント制ルールとMMAルールを交互に6R闘って頂きます。インターバルは1分です」
ここで不破が早速1つ目の質問を飛ばす。
「ミックスルールって事は解った。でもよ…問題は1R目をどうするかやで?MMAルールになれば暮石が有利やし、ロストポイント制になればコイツが有利になる訳やろ?そこに不公平が生まれると思うんやが…」
「そこは我々も考えに考え、完全に公平な1つの答えを導き出しましたよ…」
「完全に公平…そんなもんあるんか?」
これにクイッと押し上げられた眼鏡の奥で、九尾さんの目が鋭く光った。そして満面のドヤ顔で言い放つ。
「はい…我々の出した答え…それは……コイントスです」
冷ややかで重い空気が俺達にのしかかった…
何なのこの人?グラビティ系の能力者?
「えっと…俺の聞き間違いかなぁ…今、コイントスって聞こえた気がしてんけども…?」
「はい。ハッキリとそう申し上げました。この世で物事を決めるのに、コイントスほど公平な物はありません。いや…コイントスに並ぶものがあるならば、それはジャンケンくらいのもんでしょう…しかぁし!こんな大切な闘いの!しかも勝敗を左右するかも知れない大事な決定権を!ジャンケンなどに委ねる訳には行かない!そうですよねっ!?ねっ!?」
いや…言いたい事は山ほどあるけど…
とりあえずはアンタの情緒よ…ほんま大丈夫かこの人…
「なるほど…一理あるわな…」
えぇぇ〜〜っ!?マジか!?マジっすかっ!?
“ブルータスお前もか“って勢いで“不破お前もか“と申し上げたい!
すると解せぬ俺を察した大作さんが、補足とばかりに口を開いた。
「勇…言いたい事は解るで。でも色んなスポーツで、コート決めや先攻後攻を決めるのにコイントスが使われとるのはお前も知っとるやろ?それに倣おうって訳や」
「まぁ…解らん事も無いっすけど…でも九尾さん、1つ訊いて良いっすか?」
「なんなりと」
「なんでジャンケンや無くてコイントスなんすか?なんでジャンケンやとアカンのです?」
再び眼鏡を指で押し上げながら九尾さんが言う…
「かっこ悪い…それ以外に理由がおありかな?」
真剣に訊いた俺がバカでしたね。ええ俺が悪いっすね……
これ以上この話題を広げると、また良からぬ方向に行きそうなんで俺は黙って頷いた。
この空気に機転を利かせた大作さん…
「じゃあこっからは俺が進行役をやらせて貰おか。資料の項目を1つずつチェックして行くから、引っ掛かる箇所があれば言うてくれ」
と、切り出した。流石や…あえて言わせて貰います…
改めてグッジョブ!!
「じゃあ先ずはロストポイント制ルールの確認から行くで…基本的な部分は武人トーナメントと同じやねんけど、1つだけ大きく違う事がある。それは…寝技状態でボディへの打撃が認められる事や」
「えっ!?」
俺は資料の項目を目で追った。
すると確かに真ん中辺りに書かれとる…
【寝技状態での顔面パンチは禁止。ボディへのパンチは可】
「こうなると闘い方はかなり変わってくるのぅ…」
ボソッと不破が呟いた。
大作さんが話を続ける。
「それと普通なら20分か30分の試合で使われるルールやろ?だから持ちポイントは5ポイントでやっとるけど、この試合は1R5分や…その間に5ポイント奪取するなんざ至難の業や。だから持ちポイントは3ポイントに設定されとる。で、ラウンド終了時に持ちポイントが多い方がそのラウンドを取る事が出来るって訳やな。あ!勘違いして欲しく無いのは、フルラウンド闘ったとしてロストポイント制を計3回やる訳やけど、その都度に持ちポイントは3ポイントに復活する。あくまでラウンド内で3ポイントをロストしたら敗けって事な。ここは理解したか?」
「そこは理解したっすけど、ここで奪ったポイントはそのラウンドの判定に使われるだけっすか?」
「お!ええ質問やないか♪まぁ後で説明するつもりやってんけどな。仮にフルラウンド闘って判定になったとして…取ったラウンド数も3対3で同じやった場合、トータルで奪取したポイントが多い方が勝ちになる」
「へぇ…そこは少し俺に有利な点かも…よく柔サイドがこの条件を飲んだっすね?」
「お前忘れてへんか?さっきも言うたけど、ボディ限定とは言え寝技での打撃をこっちは認めとるんやで?それ位の条件飲んで貰わんと割り合わへんやろ。いや…それでもまだこっちが不利やからな!」
「確かにそうっすね…」
「もう1つ…ロストポイント制ラウンドでもボディへの打撃を認めるってルールに基づき、全ラウンドでオープンフィンガーグローブの着用が義務付けられる。仮にお前がパンチを一切使う気が無くてもや…ええな?」
「うっす。あ!レガースは…レガースの着用はどうなんすか?」
「勿論…自由や」
このやり取りを聞いた不破が半笑いで口を挟んで来る。
「いや…いくら自由や言うても、このルールでレガース着けるアホはおらんやろ♪んなもんスネで蹴った方が効くに決まっとるのに…なぁ勇?」
黙って真顔で不破を見返す俺…
みるみる不破が青ざめる。
「え…まさかお前…嘘やろ…?」
「このルールでもレガース着けるアホはおるんやで…不破♪」
「待て待て待てっ!ちょ〜待てって!!冷静に考え〜よ勇!レガース着ける利点なんざ、相手のローをスネでガードした時のダメージ軽減くらいのもんや!せやけど過去の試合を見る限り、暮石の打撃はそこまで警戒するレベルちゃうやんけ!レガース着用しても、なぁ〜んもお前に利点はあらへんぞ?」
「フフンッ」
「何ワロてんねん!」
「俺への利点があらへんだ?何言ってんだ不破よ!その他のデメリットすら全て帳消しにする、それ程にデッカイ利点があんだろぅがよっ!!」
「デッカイ利点て…なんそれ?」
「矜持!格闘技系プロレスラーとしての矜持やっ!!」
この発言が心に響いたらしく、九尾さんが突然拍手をしだした。逆に不破はポカンと口を開いたまま俺を見つめとる。
「なんや…そんなに驚く事かいや?」
「あぁ…マジ驚いたわ…」
「プロレスラーとしての矜持は絶対に…」
「いや…俺が驚いたんはソコや無くて…」
「??」
「お前が矜持なんて難しい言葉を知っとった事にや…」
「んだっ!?テメーッ!ぶっ飛ばすっ!!」
「やってみんかい!おぉっ!?」
※この後…俺達は、武人での試合に匹敵する殴り合いを展開する事になりそうだったのだが、偶然遊びに来たそそぐちゃんに仲裁され事無きを得たのでした。
※部分の訳
応接室から飛び出し、マット上で取っ組み合いになった所でそそぐちゃんが遊びに来て、止めに入った彼女にうっかり「うるせぇ引っ込んでろ!」と叫んでしまい、見事に2人して蹂躙されました。
でも試合が近いので軽傷で済ませてくれた優しい彼女に感謝です。




