スピーディーな再放送
不破との特訓…
いや、特訓って言葉自体は古臭い感じで使うのが恥ずかしいんやけども、1番しっくり来るのがこの言葉なんも
間違いあらへん。それ位の練習内容やった。
鈴本さんや新木さんに組んで貰うメニューとは根本的に違う…まさに俺自身の抜本的改革!
へへへ♪1度使ってみたかった言葉なんよコレ!
まぁ…使い方が合ってるかどうかは知らんけども……
そんな日々を過ごしとったある日。
そう、試合までキッカリ2ヶ月となった日の事やった…
「勇!ちょっとええか?」
練習中の俺に大作さんが声を掛けて来たんや。
スパーの手を止め、顔を見合わせる俺と不破。
目と目が合った瞬間に恋が始まる訳も無く(当然!)
互いに首を傾げる。
そこへ大作さんが更に口を開いた。
「あぁ丁度ええわ…フワちゃんも一緒に来てくれるか?応接室に居るからよ」
汗を拭いた俺達は大作さんの待つ応接室へと向かった。
2度、軽く拳で扉を叩く…
「失礼します!」
「おう!入りぃ入りぃ♪」
扉を開くと、ソファに向かい合う形で大作さんと見知らぬ男が座っとった。
歳は恐らく30前後…
グレーのスーツに七三分け。
お洒落の“お”の字も無い黒縁メガネ。
“ザ・サラリーマン”って感じや…
でも悔しい事に、かなりの男前やわ。
男は俺達の姿を確認すると、律儀に立ち上がり軽く会釈をして来た。
それにツラれて俺達も会釈を返す。
「不惑勇くん…ですね?初めまして。私、こういう者です…以後お見知りおきを」
男が胸ポケットから出した名刺を手渡して来た。
そこにはこう書かれとった…
“(株)バレット広報部部長 九尾六郎”
「えっと…くおさん?いや…きゅうびさん…ですかね?」
「あっと!これは失礼…読みにくいですよね…それは
“くびろくろう”と読みます…なので…プッ!ングフッ!ンッフッフッフッ!」
“な、なんやコイツ…いきなり笑い出したで…!?”
「くび…ろくろう…なので…プッ!ングフフフフッ!」
隣の不破も怪訝な顔で男を見とる。んで俺の耳元に口を寄せると小声で訊いて来た…
「オイ…この人…大丈夫なんか?とてつもない地雷臭がするんやが…?」
「あぁ…俺もその臭いを思いっ切り嗅いどる…」
すると男は腰が抜けたみたいに前屈みになると、文字通り腹を抱えながら…
「なので…ヒィ…なので…海外で…ヒィ…自己紹介すると…ンフッ…ろくろ…ングフッ…ろくろくびに…ろくろくびになるんですよ〜!ヒャッヒャッヒャッ♪ダメだ!ダメだ!ウケる〜〜ハァ!ハァ!ンプププッ!!」
言い終えた男は、床に這いつかんばかりの勢いで未だ笑てはる……
コイツ…まじでヤベェ…
俺が苦虫を噛んだ顔で大作さんを見やると、流石の大作さんも苦笑いしながら首を竦めとる。
コレは不破も怒り心頭やろ!?と思いながら恐る恐る横に目をやると、信じられへん光景に我が目を疑った…
「ヒィ〜〜ッ!超ウケるんすけどぉ〜♪ハッハッハ!ハァ…ハァ…プッ!アカン!何回思い出しても笑えるやんけぇ〜〜っ!ろ、ろくろ…ろくろくびってアンタ!」
「や、やめて!ハァハァ…そのワード…そのワードを言わないでぇ〜〜!ギャハハハハァ〜〜ハァ…ハァ…死ぬ!笑い死ぬ!!」
「そ、それはこっちの台詞や!こ、殺される!わ、笑い殺されるぅ〜〜…ヒッヒッヒッヒィ〜……」
嘘やろ…?
2人して床に手をついて笑い倒しとる…
なんや…男前ってのは笑いのツボが安ぅ出来てんのか?
まぁ…アレや…2人とも楽しそうで何より……
俺と大作さんが“スン”とした表情で見守る中、信じられん事に5分近くも笑い続けた2人…
ようやく落ち着いた頃合いを見計らって、大作さんがソロリと声を掛けた。
「あのぅ…九尾さん?そろそろ本題にぃ…」
「ハァ…ハァ…ハァ…失礼しました…そ、そうですね…笑い転げる為に来たんじゃありませんし……ハァ…ハァ…」
“ど、どの口が言うとんねん……”
心の中で突っ込むと同時に、九尾さんが席に就く。
続いて俺と不破も席に就くが、不破は未だに鼻孔をヒクヒクさせとるわ…
いきなり本題に入るかと思いきや、本題前に軽い雑談タイムが始まった。
九尾さんがプロレスファンである事、俺の事はデビュー当時から注目していた事、先日の試合で不破のファンにもなった事などを涼やかな声と表情で語ってくれた。
さっきまで這いつくばって笑い転げとったゲラと同一人物とは思えへん。
せやけど俺も不破もファンと言われて悪い気はせぇへんわな!
気持ち良くなった俺達の鼻が伸び始めた頃、ひょんな事を大作さんが口にする…
「しかし…六郎さんってお名前から察するに、ご兄弟が多いんですねぇ?」
すると九尾さんの口からは、意外な答えが飛び出した。
「いえいえ…私は3人兄弟ですよ?」
皆の間に緊張が走った…
六郎なのに兄弟が3人…て事は、残りの3人は事故か病気で亡くなってしもたんかも知れん…
大作さんも一瞬“要らん事を言ってしもた”って顔をしたんやけど、直ぐに…
「あ…申し訳ありません…悪い事を訊いてしまった様ですね…」
と、素直に謝罪の言葉を口にした。ところが…
「え?悪い事?別に何も悪くなどありませんが…?」
「へ?いや…しかし…六郎というお名前なのにご兄弟が3人という事は…そのぅ…何か思い出したく無い事情などが…」
「あ、誤解なさらないで下さい。別に亡くなって兄弟が減った訳ではありませんので…うちは元々3人兄弟なんです」
「えっと…どういう事でしょう…?」
腫れ物に触れる様に尋ねる大作さん。
すると九尾さんから返った答えは、俺達の想像の遥か斜め上を行くものやった…
「うちの父親が奇数嫌いでしてね…」
「はい?えっと…はい?」
「奇数って割り切れないじゃないですか…なので男子たる者、割り切れん性格になってはいけない!と、偶数の名前を上から順番につけたんですよ。だから上は長男なのに二郎、次男なのに四郎…その流れで三男の私は六郎なのです」
「……」
俺は口に出して返す言葉は見つからへんかったけど、そのぶん心の中で突っ込み倒しとった!
“ヤベェ!コイツもヤベェけど、親父さんもっとヤベェやんけ!!奇数嫌いって何?生まれて初めて聞いたワードやぞ!!”
すると隣の不破がボソッと…
「名字は九尾で奇数やのに?」
そう言うてもうたもんやからさぁ大変!
「そ、そうなんですよ〜!ヒィ…ンプッ!プププ…わ、私もソレ、いつも感じてるんですよ〜〜!奇数嫌いなのに名字に“九”って!プッ!ンププッ!だ、駄目だぁ〜〜ヒヒヒヒャハハハ!」
「あ…やっぱり!?自分でも感じてたんやぁ〜〜ヒャハハハハハハ!あ、あかん!アンタん家、お、おもろ過ぎるやろ!ヒ、ヒィ〜…ギャハハハハ!」
まぁ〜た始まったよ…何?この再放送の早さ…
NHKの再放送並にスピーディーやんけ…
再び始まった地獄絵図を、例の如く“スン”とした顔で見下ろす俺と大作さん。
そしてその表情のままで大作さんに訊く…
「で、この人…何しに来たんスか…?」
「あぁ…後で詳しく話すけども、難航しとったルールがようやく決まってな…その確認をお前らとする予定やったのがこの有り様や…
とにかくコレが収まったら次は雑談無しで本題入ろな…」
俺は力強くこう答えた。
「是が非でもそうして下さい!!」




