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中指 立てたら  作者: 福島崇史
216/248

純度

あれから2日が経ったけど、大作さんに言われた言葉が未だに耳の奥で繰り返されとる…


“お前は格闘家として怖くない”


確かにそうかも知れん。

せやから大作さんは、怖さ・ヤバさ・狡さを身につけさせようと不破の奴を呼んだんやろな。

でも正直迷っとる…

ほんまに俺に怖さってステータスが必要なんか?

命を奪う様なヤバい技が必要か?

レフリーにバレん様にセコい手を使う狡さが必要か?

ましてや相手は親友の柔や…

何も殺し合いをしたい訳や無いのに、そんな物を身につける意味あるか?

まだルールは決まっとらんけど、スポーツの範疇で…そのルールの中で有効な技術を覚える事が優先ちゃうんか?

そんな事を考えとったら2日も練習をサボってしもた…

アカンッ!こんな事で時間を無駄にしとる場合や無い!

答えは出てへんけども、とにかくジムに顔出そ!


「こんちわっす…休んですんません…」


ドアを開くなり俺は誰にともなく頭を下げた。

すると受付に居た大作さんの奥さん、優子さんがバタバタと擬音が聞こえそうな勢いで俺の所へやって来た。


「もう!やっと来たんかいな!心配したやんか!!大ちゃん呼んで来るからその間に着替えときぃな!」


そう言うと再び擬音が聞こえる勢いで奥へと消えた。

俺は言われた通りに着替えてロッカールームを出る。

するとそこにはもう大作さんと不破が並んで待ってたんや。


「答えは出たんか?」


大作さんに問われた。


「正直…まだ…」


「そうか。で、お前の中で何が引っ掛かってるんや?」


「まず1つは…スポーツである闘いの中で、狡さや怖さって物が必要なんかどうか…」


「フム…2つ目は?」


「柔は昔からの親友で、アイツとは言い訳の出来へん真っ直ぐでバチバチの闘いがしたいんです。何一つ汚れの無い闘いを…」


「ん。他には?」


「殺し技や反則スレスレの技よりも、柔術の技術や対策を学んだ方が有意義なんとちゃうかなぁ…と…」


「引っ掛かりはそんだけか?」


「大きな要素としてはそんな感じっす…」


そう答えると俺は、申し訳無い気持ちも込めて不破をチラリと見やった。

するとそれまで黙って聞いとった不破が初めて口を開いたんや。


「なぁ勇よ…お前は何者や?」


「へ…?何者…って言われても…なぁ…」


「自分が何者かも答えられへん奴は何をやってもアカンわい。最後にもっぺんだけ聞くぞ…お前は何者やねん!?」


「……俺は…俺は…プロレスラーやっ!!」


「せや!解っとるやんけ!解ってはおるけど、大事な事は忘れとるみたいやな?」


「大事な事…?」


俺は不破が何を言うてるんか理解出来んかった。

それを察したんか、不破が肩をすくめてこない言うたんや…


「さっきお前が言うた3つの引っ掛かり…全部が解決する魔法の言葉を教えたろか?」


「……?」


「それはな…“お前はプロレスラーやから“…や!」


理解出来な過ぎて固まる俺に、不破が更に言葉を浴びせる。


「まず1つ目!スポーツの中で怖さや狡さが必要か!?

はい必要です!何故ならお前はプロレスラーやから!お前、プロレスファンやった頃の事を思い出してみぃや!トップレスラーは怖かったやろ!?トップレスラーのインサイドワークは狡猾やったやろ!?つまり怖さや狡さってのはプロレスラーの必須項目って事や!」


俺はハッとした。

確かにガキの頃の俺にとって、プロレスラーってのは畏怖の対象やった!

とてつもなく強くて怖い…一種のモンスターやった!

更にベビーフェイスのレスラーでも狡さを感じる闘いを見せる事は多々あった!

いや、むしろベビーフェイスほど狡猾やった。

逆にヒールは“狡い”や無くて“悪い”やった。

正々堂々と悪い事をする…それがヒールレスラーってもんや!


「はい論破!じゃあ続けて2つ目行くで!汚れの無い真っ直ぐな闘いがしたいだぁ!?何を甘っちょろい事をヌカしとんねん!恐らく向こうはそんな事を微塵も考えとらへんぞ!?何をしてでも喰ってやろうと思ってるだろうさ!何故ならお前はプロレスラーやからや!」


「ん…?どゆこと…?」


「さっきも言うたやろが!プロレスラーってのは強くて怖い化物なんやぞ!?そんな相手に綺麗事だけで勝てるなんて甘い考えは向こうも持ってへんわ!まして体格差を承知で向こうはこの試合を受けたんや…それなりの覚悟を持ってるっちゅう事っちゃ!」


「……」


「それとこの2つ目の引っ掛かりで“お前はプロレスラーやから”って理由がもう1つある。それはなプロレスラーってのがMMAでは不完全な存在やからや。打撃も組み技も中途半端…そんな奴が甘い考えで勝てる訳あらへん…

お前はそんな不完全なプロレスラーやねんから何をしてでも勝つ事を考えぇっ!!」


「グヌヌ…ッ!」


「はい論破!んじゃこの勢いのまま3つ目行くで!

殺し技や反則スレスレの技より柔術の技術を覚えたいだぁ?これからの僅かな時間でそんなもん身につくかいっ!!それこそ付け焼き刃っちゅうねん!!

それよりも今、お前が持ち合わせとる物で効果的にヤリクリする事を考えんかいっ!」


「い、いや…待ってくれや!俺は殺し技も反則スレスレの技術も持ち合わせとらへんで!?」


「アホゥ…お前はもう持ち合わせとるわい!何故ならお前はプロレスラーやからのぅ…」


「……?」


「冷静に考えてみぃや?ベニヤ板やスプリングで衝撃が緩和される、プロレスのリングやからこそ耐えられるんがプロレス技や。あんなもん路上で喰らったら俺でも立てる自信あらへんわい!つまりプロレス技ってのは元々が殺し技っちゅう事や!」


なるほど…一理あるわ。

いや…待てよ…じゃあ…


「じゃあ…じゃあ反則スレスレってのはどないやねん?

俺、そんなもん全然出来へんぞ!?」


「かぁ〜っ!ナ・サ・ケ・ナ・イッ!大事な事を忘れんな!そもそもプロレスは5秒以内やったら何をやってもええんやろが!?そんな格闘技は他にあらへん!つまりお前はプロレスラーやからそういう地盤も持ち合わせとるんじゃ!」


「…っ!!」


「さて…3つ目の論破も終わったところでや…お前に大事な選択を迫る事になる…」


「選択…」


「プロレスラー風の格闘家として試合に臨むか、純度100%のプロレスラーとして試合に臨むか…どっちや!?ハッキリしたれや!!」


問われた俺は脳天を雷に撃たれた様な気がした。

確かに俺は大事な事を忘れとった!

その答えはずっと胸の中にあったのに!

それを思い出した…いや!思い出させられた俺は大作さんに目を向けた。

すると俺の決意を感じ取ってくれたんやろぅな、大作さんがニッコリ笑って頷いたんや。

それに頷き返した俺は再び不破へと視線を戻す…


「お?ええ顔しとるやんけ♪んならお前の答えを聞かせて貰おか…まぁ聞かんでも判るけど…のぅ」


「俺は純度100%のプロレスラーとして試合に臨む!不破…力を貸してくれるか!?」


「当たり前やろがい!その為に俺はここにるんやからのぅ♪」


ガツンッ!と拳をぶつけ合った俺達は、この日から想像を絶するハードトレーニングを開始したんや。



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