プロレスラーの信条
俺は不破の顎に掛けた手に力を込めた!
が……込め切る事は出来んかった……
それどころか、俺はせっかく捕らえた奴を開放してしもたんや。
自由になった不破はリングにしなだれて激しく咳き込んだ。
そしてようやく落ち着くと…
「なんや…?なんのつもりや不惑っ!?」
そう言って胸ぐらを掴んで来た。
慌ててレフリーが止めに入るが不破の勢いは止まらない。
俺をロープ際まで押し込むと、一気に不満をまくし立てよった…
「なんでやっ!?なんでヤッてまわんかったっ!?お前がこの手で一捻りすりゃ、そこで決着やったやろがいっ!情けかっ!?お前はこの俺に情けを掛けよったんかいっ!!ああっ!?」
「ちゃう……せやない……」
俺には消え入る様な声で答えるんが精一杯やった…
「聞こえんどっ!俺が納得いくだけの理由をハッキリ聞かせたらんかいっ!!」
「…だわ」
「あんっ!?」
「…理だわ」
「何てっ!?」
「無理なんだよ……俺には……」
「何がっ!?」
「意図的に人を殺める事が…や…」
ここまで言うと、不破は興奮を押し殺してるかの様に俺の次の言葉を待っていた。
「俺よ…プロレスラーだからよ…人を感動させて楽しませて、その上で勝つのが信条やねん。アンタは殺人術の使い手やろ?だから恨みも無いバイソンを殺す事に何の躊躇も無かったやろな…その事を責める気はあらへんよ。
でも俺がソレをやってしもたら、俺はプロレスラーや無くなってしまう……それに…汚れた手で“アイツ”の前に立ちとぅ無いし…な。解ってくれや……」
「アイツ?あぁ…お前のお友達、暮石とか言う選手の事かいや?ケッ!お前も暮石も勝つ事を前提かよ…ムカつくで!」
「すまんな…だから殺さずにお前に勝つからよ…さあ続きを闘ろうや…」
不破からこの言葉への返答は無く、俺の胸ぐらを掴んでた力も急激に弱まった。
そのタイミングでレフリーが無理やり俺達を引き剥がす。
「いい加減にせんかぁ貴様等っ!!」
力任せに剥がされた不破が、ヨロヨロと2〜3歩後退る。
そこへレフリーが説教の追撃をかまそうとするが、レフリーの口から言葉が発せられる事は無く、開かれた口も塞がれぬままとなってた…
“パンッパンッ!”
「へ……?」
乾いた音と、間の抜けたレフリーの声…
“パパンッ!”
再び乾いた音が響き、続けて不破が口を開いた。
「おいおいレフリーさんよ…アンタほんまにポンコツやのぅ……俺は今、自分の胸を2回叩いたんやで?これが何を意味するか、当然わかってはるよな?」
「もしかして…タップ…?ギブアップって事…か?」
弱々しく尋ねるレフリーに喰い気味で不破が答える。
「それ以外に何があんねんっ!!オラッ!さっさとゴング要請せんかいなっ!」
未だ状況を把握出来ずに狼狽えるレフリー…
それを尻目に深い溜息をつく不破。
「おい不惑よ!」
「え…?あ、あぁ…なんや?」
「結果的に俺はお前の殺し技に捕らえられた…それは確かや。つまりお前がその気やったら俺は死んでたっちゅう事や。殺し技の使い手が自分より先に相手の殺し技を受けてしもぅた……その時点で俺の敗けや!せやろ?」
「不破…お前…」
「その汚れてない綺麗なお手手でお友達にも勝ってみせぇや♪ほんじゃあな!」
そう言うと不破は、ボトムロープの下を転がり抜けてリングを去って行った。
んでもって、ここでようやく試合終了を告げるゴングが打ち鳴らされたんや。
そしてレフリーが俺の右手を高々と掲げた…
つられてそれを見上げると、ライトに照らされた俺の右手は酷く透明で、一点の汚れも無い様に見えた。
それを見た俺は、心から安堵の溜息を漏らしたんや……




