儀式
ゴングが鳴ったのに不破は構えもせぇへん…
ベタ足を摺る様にしながら、少しずつ躙り寄って来る…
“なんやコレは?なんかわからんが嫌な空気や…”
直感的にそない感じた俺やったけど、ここで“ある事”を思い出して思わぬ行動に出た。
「ちょっ…!待っ…!タンマタンマ!!」
突き出した両手を振りながらアピールする俺を、不破が呆れ果てた顔で見やる。
「おいおい…正気か?もう試合は始まっとるんやど?」
そない言いながらも動きを止めてくれる辺り、やっぱコイツ“ええ奴”なんかも知れんな。
「いや…大した事や無くて申し訳ないんやけどもな、俺には試合前に必ずやる“儀式”みたいなもんがあってやな…それをこんな大舞台でやらへん訳にゃいかんやろ?」
「儀式ねぇ…お前さんの試合も観とったから、その儀式とやらも知っとるよ。わかった…構へんからチャッチャと済ましてくれな…」
深い溜息と共にそう言った不破に、感謝と謝罪の意を込めて顔の前で右掌を立てる。
そしてその掌の小指を折り…
薬指を折り…
人差し指も折ったところで、儀式に必須の“アレ”が完成やっ!
俺は中指だけが突き出た右手を不破に見せつけながら啖呵を切る。
「恨みっこも手加減も無しやっ!ええなっ!?」
「へいへい…解った解った…気ぃ済んだか?」
「お、おぅ…御協力に感謝するで」
「ほな始めよか……古代中国にて時の皇帝を護る為に生まれた武術“五光拳”……それが日本に伝来し、不破流活殺術へと姿を変えた。そして更にそれを殺法のみに特化させたのが、我が不破式殺法や…その恐ろしさ…じっくりと体感して貰うさかいなぁ…」
「古代中国…時の皇帝…ゴコウケン?……マジかよっ!?」
「ううん…そこは嘘♪」
コケそうになった…
苦々しい顔で俺達の会話を聞きながら、注意するタイミングを窺ってたレフリーさえもズルッてなってた…
「いや!嘘なんかぁ〜いっ!!」
コケそうになりながらも突っ込んでしまう…
恐ろしい程に染み付いた関西人の“性”が憎々しい…
「お前ら…ええ加減にせんと警告与えるぞ…」
流石にキレたか、米噛みに血管を浮かせたレフリーが俺達に睨みを効かせた…
「あ、ハイ…さぁせん…」
「元々はコイツが儀式とか言うて試合を止めたんやから、警告はそのアホだけでオナシャス…」
ダメだコリャとばかりに太い息を吐き出したレフリーが、何度も首を小さく振りながら改めて手刀で空間を斬る。そしてヤケを起こした様に大きく気を吐いた。
「ファイッッ!!!」
すると不破の持つ空気が、さっきと同じ“嫌な物”に戻った。
何を仕掛けても返されそうな…
かと言って、このまま出方を待ってもヤラれそうな…
いや!待ってヤラれるくらいやったら、仕掛けてヤラれる方がマシじゃい!!
自分に言い聞かせながら俺は前に出た。
踏み込みながら細かいジャブを2発!
掴まれん様に意識して“引き”を速くする。
それでも不破は構えもせぇへん…
上体だけを捻ってソレをいなしよった。
細枝が風に揺れるが如く…や。
「チィッ!んならコレはどないじゃっ!?」
奴の足を止める為の右ローキック!
流石にコレはいなせんやろっ!?
と、思いきや…奴が腰を退いて、俺の蹴り足は何の手応えも得れんまま空を切った。
せやけど奴は腰を退いた体勢の上に、構えてないから上体のガードはガラ空き!
チャンスとばかり、蹴り足が地に着くと同時に再び蹴り上げた!!
“入った♪”
そう思った時…俺の視界にはマットが近づき、最終的には天井のライトがギラギラと眩しかった…
“アレ?俺…転がされた?”
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「お〜〜っと!!体勢の崩れた不破へと放たれたハイキックだったが、マットに転がったのは不惑の方だぁ〜〜っ!!大作さん、今の攻防をどうご覧になりますか?」
「凄いっすね…不破選手。腰を退いて前傾姿勢となるや否や、逆に勢いを利用して前へ出るとは…そして勇の軸足前にしゃがみ込む。蹴り足の勢いに流され…軸足を殺された勇は、アレじゃ転がる事しか出来ませんよね…合気道なんかの動画で観た事はありましたが、実際の試合で観たのは自分も初めてです…」
「なるほど…しかし不破選手、フワフワとした動きで掴みどころがありませんね…しかも未だ自らは何も仕掛けていない!なんとも不気味です!!」
「柳に雪折れ無し…なんて事を言いますが、不破選手は相手の力を逃したり殺したりするのが上手いですね…攻めもエゲつないですが、防御力もかなり高いですよ…彼は」
「まさに名前の通りですね!」
「と…言いますと?」
「不破敏郎…フワトシロウ…フワットシロウ…フワッとしろ!バンザ〜イ、バンザ〜イ!!てな感じ?」
「勝瀬津さん…自分は温厚な方ですが、しまいにゃ怒りますよ?」
「……正式に謝罪いたします」
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「…ン取るぞ!?」
“ん?レフリーが何か言うとる…”
「…のやったらダウン取るぞ!?」
“ダウン…?ダウン…はて?”
「不惑!立てへんのやなっ!?ダウ〜ンッ!!」
“はい?………せやっ!俺、今リングに寝転んどるんやった!!”
ダウンの宣告をされ、カウントが始まると同時に飛び起きた俺!
やらかした!ボ〜っとして先制ポイントを許してしもた…
「やれるなっ!?」
レフリーの問い掛けに黙って頷く。
「なら…ファイッ!!」
試合が再開されると不破がニコニコ顔で拳を差し出して来た。
俺はそれに自分の拳を合わせながら…
「やるねぇ♪殺し技だけが得意って訳や無いんやな」
そう言うと…
「何を言うてんねや…俺は今、お前の技を…お前の力を殺したんやで?コレも立派な殺し技やろがい♪」
そない答えよった。
コレを聞いた俺は、ある攻め手が思い浮かんだんや…
“相手の技を殺す…かぁ…なら…イケるかも知れんな♪”




