約束の3分
ふぃ〜…危ないところやったで…
と言っても辛うじて“延命”しただけの事や。
与えられた3分…1秒たりとも無駄に出来んっ!
せやけど右目は見えへんわ、耳かて少し聴こえる様になって来たとは言え万全や無い…顎かってグラグラや…
でもなぁ不破よ!腕も動けば足も動く!!
“窮レスラー、武術家を嚙む”ってのを見せたるわいっ!!
そうなると…や…
俺がやるべき事は“アレ”やな!
「なぁ不破よ…」
「あん?」
「オメェ凄ぇな…奥義やら秘技なんてのはマンガの中だけの話やと思っとったわ…いやぁ参った参った♪」
「何が言いたいねや?」
「いやな…お前に敬意を表して俺の最大奥義を見せたろぅと思ってよ♪」
「最大奥義…やと?」
「応よ!その名も“ZOT”…ゾット!覚悟したれや!!」
「おもろいやん!受けたりまひょ♪どうせ3分…いや、もう2分半しかあらへんのや、後悔せんように全力で来いや!」
「行かいでかっ!!」
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「お〜〜っと!?寺野が突っかかる様に突進しながらの右パ〜ンチッ!!しかしコレは大振りにも程がある!不破が最低限の動きだけで華麗にかわす〜っ!!」
「いや…寺野選手、動きを止めませんよ。そのまま前蹴りに繋ぎました。が…」
「寺野の前蹴りだが又も虚しく空を斬る〜っ!いや!?更にそのまま踏み込んでのタックル!!しかしコレも不破がガブって潰したぁ〜っ!!」
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「おいおい…寺野君よ?一体何のつもりや?何の芸も無い技を矢継ぎ早に繰り出したところで、この俺には通用せんぞぃ?」
「無駄口叩いてっと舌ぁ噛むぜっ♪」
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「おっと!寺野、巧みに体を入れ替えて脇固めを狙った!しかしこれすらも前転して不破が逃れる!」
「しかし先程から寺野選手がずっと攻め続けてます…
アグレッシブで良いですよ!残り時間は僅か1分ですが、勝機を掴もうとする執念を感じますね!」
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「なぁ…?いつになったら、その“最大奥義”とやらを見せてくれんねや?」
「あ?もう見せてんだろがっ!」
「…はい?」
「ずっと攻め続けて相手の隙を誘い勝機を掴む!これが俺の最大奥義ZOT!つまり“ずっと俺のターン”やっ!!」
「え〜っと…正気ですか?いや…正気や無いわな。アホらしゅうてやっとられへんわ…ホラッ立てや!もう時間があらへんぞ?仕切り直して次のコンタクトを最後にしよや?きっちりトドメ刺したるさかい…なぁ?」
「へっ!上等…」
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「不破が組技の攻防を突然やめて、普通に立ち上がったぞ!?そして手招きして寺野に立つよう促している!」
「正解ですね…もう時間もありませんし、あのままでは寺野選手は万に一つも勝ち目は無かったでしょう」
「さあ…どちらが先に動く!?いや!両者同時に行ったぁぁ〜〜っっ!!」
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「行くどオラァ!渾身の右、喰らったらんかいっ!!」
「……不破式殺法…四手熊」
「ガハッ!フング…ググ…ッ!!」
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「あ〜〜〜っ!!最後の気力を振り絞った寺野のパンチ!前に出ながら間合いに入った不破が、目にも止まらぬ速さの突きを連打ぁ〜っ!!」
「今の技も、地味にえげつないですよ…拳では無く熊手にした指先で、左右肋骨の隙間への連撃…これは流石に終わりで……」
「んあっ!?だ、大作さん!寺野が…寺野がっ!!」
「え…?」
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「ンググ……フゥ…きっつい一撃やったのぅ…いや、四撃か?まぁどっちゃでもええわ…とにかくこうやって捕まえたんやから…のぅ♪」
「お、お前…ゾンビか!?」
「おう!それええのぅ!!次の試合からはゾンビ寺野に改名したろかいっ!!死ねやコラァ〜ッ!!」
“こ、これは!?俺がバイソン戦で使た、膝をついての一本背負いかっ!?ヤベ…身体を捻って逃げ……ガハッ!”
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「寺野が不破を投げ切ったところで無情にもゴング〜ッ!約束の3分が過ぎた模様っ!!しかし不破もダウン状態!これはどうなる〜っ!?い、いや!不破…何事も無かったかの様に立ち上がったぁ〜っ!!」
「いや…何事も無くは無いですよ…あの不破が左肩を庇いながら苦悶の表情を浮かべてます…寺野選手、まんまと一矢報いましたね」
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「へ…へへへ…上手い事かわしよったなぁ…身を捻って逃げんかったら…アンタも…バイソンと同じ運命…やったのに…よ……でも…アレをしのがれたんなら…しゃあない…俺はもうガス欠でスッカラカンや……動く気力も体力も残ってへんわ…」
「お前…大した奴やのぅ…まさかこの程度の大会で、俺に手傷を負わす奴がおるとは思わんかった…勉強なったわ」
「けっ!言ってろ…驕ってんじゃねぇぞ不破よ…お前が次に闘う、不惑勇って男はなぁ…俺なんかより遥かに強ぇぞ!……あのアホを褒めるんは癪やけど…な…」
「肝に銘じとくわ…」
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同門やった頃はケンカもしたし、あのアホとは色々あったけど、やっぱ同じ釜の飯を食った仲間が敗けるのを見るのはええ気分や無い…
気づくと俺は、歯を噛みながらモニターを睨んどった…
試合後、暫く言葉を交わしとった2人やけど、ティラノが担架で運び出されると不破が突然マイクを握ったんや…
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「ご来場の皆さん!1つだけ…1つだけ言わせて下さい!!今、担架で担ぎ出された男は!寺野竜次という男は!間・違・い・無く!モンスターバイソンよりも強いレスラーでしたっ!!」
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試合中も試合後も、凄まじいブーイングを送られてた不破やけど…この時ばかりは割れんばかりの拍手と歓声に包まれとった…
聴こえたかティラノよ?
最高の形で賛辞を送られたで…お前…
その時、俺の耳にはティラノの声が聴こえた気がした…
“勇よ…スマンな…あとは任せたで”




