滑落死
ついに俺の〝元・同門〟ティラノこと寺野竜士の出番や。
相手は日本拳法の猛者、舘 透。
ほぼほぼ無傷で勝ち上がった舘に対し、カポエラ戦でポコポコ打撃を貰っとったティラノ…
しかもプロレスラーのタフさを魅せる為か、それを全てノーガードで受け切るバカさ加減…
いくら体格差があったとは言え、ダメージがゼロって事は無いやろ。
今度の相手はノーガードで受け切れる程に甘い相手や無いぞ!
そこんとこ解っとんのかなぁ…あのアホ…
てな訳で、この試合は俺が語り部を務めるやで!
実況・解説の名を借りた、あの漫才コンビには任せとられへんからなっ!!
おっと…?ティラノの入場が始まったな…
アイツ、控え室でかなりのウォームアップをしたみたいやな…全身がパンパンにパンプアップしとるわ。
頭からタオルを被っとるから表情は見て取れんけど、モニター越しでも気合いと気迫をビリビリ感じるで!
お?しかも今回はセコンドつけとるんか…
知らん顔って事は、俺が抜けてから入門した若手かな?
何にせよセコンドをつけたって事は、相手が強豪やって事を理解しとるみたいやな。
ゴリラからクロマニョン人くらいには進化したんちゃうか♪
しかし…リングインしてからもタオルを被ったままって…相当に精神統一をはかっとるな…
おっと!赤コーナー側から舘が入場して来た!
相変わらず武道家然とした佇まい…
周囲の観客に愛想を振り撒くでも無く、リング上のティラノを睨めつけるでも無い。
ただただ無人の野を往くが如く…や。
リング下で一礼してからのリングイン。
華が無い事に華があるって感じやな…
正直、見てて格好ええもの。
さあ!両者のコールや!!
「青コーナー…身長185cm、体重111kg…セレクト所属…プロレスラー!寺野~竜~士~~っ!!」
その時や!
ついにティラノが頭のタオルを投げ捨てよった!!
次の瞬間、一瞬だけ会場がザワついてからの水を打ったかの様な沈黙…
格闘技会場であんな無音を聴いた事ぁ無い…
それほどの沈黙やった。
え?その理由…ってか?
…………あのアホ…顔にペイント施しとったんよ…
若武者杯の時にアイツが迷彩ペイントを施して〝ソルジャー寺野〟を名乗ったん覚えとる人…おる?
この大舞台でアレをやりよったんや…
滑ってる!滑ってるやでティラノ!!
見てるこっちが恥ずかしい…
共感性羞恥を持つ俺には地獄やぞコレ!
あ~ぁ…盛り上げようとはしゃいどるけど、はしゃげばはしゃぐ程に観客との距離が離れてゆく…
ヤバい…語り部を務め切る自信が無くなって来た…
舘選手…試合開始前やけど、ソイツがこれ以上苦しまんよう、ひとおもいに止めをさしてやってくれ…
マジ頼んます…
だってそうやろ!
このまま滑り続けたら〝滑落死〟やぞ!?
せめて格闘家らしく闘いの中で死んで欲しいやんけ!?
そう願うんがブラザーシップって奴やろがいっ!!
っと…アレ?俺…何で怒ってるんやろか…
はて…??




