悪手
すっかり暗くなった中…
街灯に照らし出されたその場所だけが、別の空間みたいにポッカリと浮かび上がって見える。
それを見ながら俺は
〝あぁ綺麗やなぁ…〟
なんて間の抜けた事を考えてた。
その綺麗な空間では、柔と金木がフットワークを使いながら互いに間合いを測ってる。
どうやら2人共、制空権を取りきれずに攻めあぐねてるみたいや…
真横に身体を開いて前後にステップを踏む金木。時おり前足を軽く上げて〝蹴るぞ〟というジェスチャー…
対する柔はクラウチングで上体を小刻みに振りながら、時おり前足をドンッと踏み鳴らして〝タックル〟を狙うジェスチャー…
そんなプレッシャーの掛け合いが長く続いてる。
偉いよな柔の奴…俺やったらあの金木の前足、誘いと解っててもついつい捕りに行きたくなるやろなぁ…よう我慢してるわ。
俺がそんな風に感心した瞬間、唐突に闘いが動いた!
先に動いたのは…
やっぱ柔の方やっ!
さっきまでの様に前足を踏み込むと、そのまま前回り受け身するみたいな動きに繋ぎよった。
当然やけど受け身を取った訳やないで!
その動きから蹴りを出したんや!!
空手で言うところの〝胴回し回転蹴り〟
プロレスでは〝ニールキック〟や〝浴びせ蹴り〟が似たような技やな…まぁ浴びせ蹴りはもともと骨法の技やけども。
かぁ~…しかしいきなりそんな大技出しても当たる訳あらへんやんけっ!!
金木の奴はブロックすらせんと、バックステップでまんまとかわしよったわ。
ところが…
「かかったのぅ♪」
「なっ…!?」
ニヤリと嗤った柔に焦る金木がそこにおる。
柔の奴…さっきの蹴りは捨て技で、ほんまの目的は別の所にあったんや!
ほんでもってその目的を見事に果たしよった。
今、柔の手に金木の足首が握られとるのが何よりの証拠やっ!
つまり…柔は胴回し回転蹴りで上に気を逸らしながら、最初からお留守になった足を捕るのが狙いやったって訳やな。
しかも胴回し回転蹴りやったら反撃も受けにくいし、間合いも大幅に詰められる…仮に足を捕れんでも次の攻めに転じやすくなるって寸法か…
策士やのぅ、やるやんけ柔っ!
「金ちゃん、つ~かまぁ~えた♪」
柔が掴んだ足を引きながら、ピョンピョンと跳ねてバランスを保ってた金木の軸足を刈る。
金木が揉んどりうって仰向けに倒れた時には、綺麗なアキレス腱固めが出来上がっとった。
「ガッ!ングッ…ギギギッ!!」
金木の口から言葉では無い物が吐き出される。
「よっしゃあっ♪そのまま極めてもたれ!絶対離すんやないどっ!!」
興奮した俺も思わず声を張ってしもた。
せやけど…
「まずいのぅ…」
隣で島井の奴がボソリと溢しよった…
「え?な、何がまずいねん?どう見てもコレで決まりやろがっ!?」
「やっぱお前はまだまだやのぅ…」
呆れた様に首を振るゴリラ大明神に殺意すら湧く思いやけど、そこはグッと我慢の男の子。
こちらは人間様やねんから努めて冷静に…
「どういう事っちゃねん…?」
「MMAや路上の闘いで足関節を狙うなんざ愚の骨頂や。一撃必殺のヒールホールドならまだしも、アキレス腱固めは絶対にやったらアカン悪手や…」
「え?」
「まぁ見とってみぃ…その意味は直ぐに解る」
〝ドクンッ〟
俺の中で又もや不安が頭をもたげた。
そして2人へと視線を戻した直後、俺は島井の言った言葉の意味を理解させられる事になったんや…




