遅れた儀式
俺は対角線上に居る〝普通のオッサン〟に視線を投げた。
あ…入場シーンを端折って悪いな。
文句は作者に言うてやってな!
さ、話をリング上に戻そか…
赤コーナーに凭れとる対戦相手の陳 椎掛…
最初の印象通り、およそ〝武〟に携わる人間には見えへん。
せやけど初戦で大河内を翻弄した実力は本物や。
あれを観てなかったら、見た目に騙されて油断しとったかも知れんな…
打撃は圧倒的に相手が上やろう…
巧者の大河内を倒してる以上、細かい技術も敵わへんと思う…
俺が確実に勝る点と言やぁ体格差からのパワー、それと打たれ強さ…それ位のもんやろな…
勝つ為の道筋は全く見えへんけど、考えとってもしゃあない!
試合の流れの中から勝機を見出だすっ!
ほんでその勝機は必ずモノにするっ!!
お?レフリーが呼んどるな…
ボディチェックとルールの確認の時間やな…
セコンドの鈴本さんが耳元で囁く。
「相手さん…グローブを着けてへんけどエルボーパットを着けとる。顔面パンチが来ぇへんからって油断すんなよ…」
俺はマウスピースを咥えながら小さく頷いた。
ボディチェックとルール説明が終わり、俺達は軽く握手を交わすと互いのコーナーまで下がった。
レフリーが3人のジャッジに目線を送ると、その直後に開始のゴングが鳴り響く。
もう1人のセコンド、新木さんが〝行って来い!〟とばかりに俺の背中を押し出した。
〝先ずはセオリー通り、ジャブとローで間合いを計りながら様子見やな…〟
そう思った時には陳が懐に入っとった!
〝な…っ!?いつの間にっ!?〟
俺は咄嗟にクロスガードでボディを守った!
せやけどその直後、身体が浮く様な衝撃に全身を襲われたんや…
〝んがっっ!!〟
気付けば自陣の青コーナーまで戻っとった…
自ら跳んで衝撃を逃がした訳や無い…
奴の打撃力で純粋に飛ばされたんや!
〝い、一体何をされたんや…俺は…?〟
目線をリング中央の陳に向ける。
が、奴の体勢は何の変哲も無い〝中段突き〟の型やった…
〝う、嘘やろ…?〟
俺は愕然とした。
今まで喧嘩やスパーリングも含め、色んな相手と闘って来た…
せやけどこんな打撃は初めて喰らった…
しかも40kgの体重差やぞ?
ガードして無かったらと思うとゾッとする…
リング下から鈴本さんが叫んだ。
「飛び込み様の中段や!そいつの〝発勁〟半端無いぞ!!」
舐められとんのか…幸いと言うべきか…
奴は追撃して来る気配を見せへん。
俺は褌を締め直して数歩前に出た。
「ヒョヒョヒョッ♪アンタみたいな身体大きい相手はやりやすいヨ♪なんせ的が大きいからネ」
「ングッ……」
「アンタがワタシに勝てる点はその体格とパワーだけネ。でも今のでワカッタでしょ?ただの〝崩拳〟1発でその様…ケガする前に参ったするヨロシ」
「ヘッ!へへへッ!」
「何がおかしいアルカ?今の一撃で頭おかしくなったカ?」
「いやね…見掛けによらずペラペラとよく喋るオッサンやなぁと思ってよ♪」
すると陳は大きな溜め息を吐きながら、呆れた様に首を横に振った…
「どうやら参ったする気は無いようネ…ケガしても文句言わない事ネ!」
「へ!あたぼうよ!お互いに恨みっこも手加減も無しじゃいっ!!」
そう言い放つと俺は、試合開始前に出来なかった〝儀式〟を今更ながら行った。
そう!奴に向けて左手の中指を立ててやったんや!!




