褒めて!
忙しなく回ったドアノブ。
んでもって開かれたドアの向こうに居たのは…
「そ、そそぐちゃん!?」
「チャオ♪てか…何、その意外そうな反応は?」
「い、いや…別に意外やった訳や無いけど、出来ればノック位はして欲しいかなぁ…なんて…」
「あ!そうそう!!んな事より渡す物があったんやったわ!!」
〝んな事って…〟
「はいっ!コレ!!」
「ん?DVDプレイヤー?」
「そ!えっとそれからコレ!!」
そう言うと彼女は、有名レンタルDVDチェーンの袋を手渡して来た。
「次の対戦相手が決まったやん?だから対策練りたいやろなぁと思って、近場の店で買って来たったで!褒めて♪」
「対策って…」
袋を覗くとDVDが2枚入っとった。
そろりと取り出してみると…
「……」
「お?嬉しぃて声も出ぇへん感じ?照れんでええから、喜びはもっと全身で表現したらええんやで♪で、褒めて!」
「そ、そそぐちゃん…コレって…」
「ん?いや、次の相手が中国武術か合気道やって聞いたからさ、どっちになってもええ様に2枚買って来てん♪あ、お金の事なら気にせんでええよ!ワゴンで1枚100円売りしてた奴やから。
で、とりあえずは褒めて♪」
「……」
「褒めて♪」
「あ、あぁ…」
「あ、あぁ…じゃなくて!そろそろ褒めよっか!?」
「いや、あの…な、何て言えばええんか…」
「はよ褒めろやっ!!」
「お、おう…た、助かるわ…ありがと、気が…利くね…さ、流石は愛しの…そ、そそぐちゃんやわ…」
「せやろ!?せやろっ!?んも~!そんなに言われたら私も照れるわぁ~♪せやねんなぁ~気が利いちゃうんよなぁ私ったら♪
あっ!対策練る大事な時間を邪魔したらアカンね!!次の試合からは客席で観とるから、ソレで勉強してキッチリ勝つんやで!!んじゃアディダス♪」
「あ、あぁ…ありがとね(んでもって、それを言うならアディオスな!)」
嵐が過ぎ去ると俺は、溜め息をつきながら手渡された2枚のDVDへと目をやった…
1枚は中国武術の対策用と思われる、ジャッキー・チェン主演の映画…
そんでもう1枚は合気道対策用らしき、スティーブン・セガール主演の映画…
セガールと言やぁ〝沈黙シリーズ〟が有名やけど、そそぐちゃんの奇行のお陰で俺もまんまと沈黙させられたわ。
そんなバタバタの間にBブロックのシード選手、ムエタイのガオラン・ソーシリパンが入場するところになっとった。
タイの伝統音楽が流れる中、ゆっくりとしたリズムで花道を進む。
ムエタイ選手が闘いの前に舞う事でお馴染みの〝ワイクー〟の様な動きを時折見せながら…
その肉体は細身ながらも申し分の無い仕上がりや。
ベタな表現やけど、全身これバネ!ワイヤーを人型に編んだみたいな筋肉をしとる。
コスチュームこそ見慣れたムエタイのソレやけど、両の拳には通常のグローブや無くオープンフィンガーグローブが嵌められとる。
こうなるともう、ムエタイっちゅうより〝素手のムエタイ〟と呼ばれるムエカッチューアに近いな…
あ!今風にラウェイって呼んだ方がわかりやすいか。
たっぷり時間をかけ、ようやくリング下まで到着したガオラン。
先に入場しとった忍術の不知火が、ゴッツイ目付きでそれを見下ろしとる。
く~っ!たまらんのぅ♪
ムエタイvs忍術…ゲームやマンガでしか見れん対決やもんな!!
そんな〝ロマン〟溢れる対決、1秒たりとも見逃せん!!
そう思った瞬間、スマホにLINEの通知が鳴った。
そそぐちゃんからや…
何気なしに開いてみると、そこにはこない書かれとったんや…
〝ちゃんとDVD観ろよな。後で感想文書かせるからね!〟
〝いや…あの…そそぐちゃん…バカなの?
丸々2本観たら3時間位かかっちゃうでしょうがっ!次の試合までに観れる訳ねぇだろっ!!〟
なんて事は当然返せず…
〝倍速で観て、参考になりそうなシーンだけ定速で観るよ。ほんとありがとね!〟
と、返しておいた。
こんな気遣いしてる俺…誰か褒めて!




