悪癖
2人の間合いは2m程を保ったまま…
ドクン…
ドクン…
見てるこっちの鼓動が高鳴る。
その音が聞こえたんか、隣の島井が誰にとも無く口を開いた。
「一見すれば距離がある様に見える。せやけどもし金木が伝統派空手の使い手なら、あの程度の距離を飛び込むのはお手のものやろな…
それくらい伝統派空手の瞬発力は凄い。
特に初弾を放つ際の飛び込むスピードは、全格闘技の中でもトップクラスや」
「でもよ島井…お前の目から見て、アレは空手の動きとは違うんやろ?」
「あぁ…どこがどうと説明するんは難しいんやが違和感はある。断言は出来へんけどのぅ。
でも金木の奴が自分なりにアレンジしとる可能性もあるし、決めつけるんは危険やな」
「……」
「なんちゅう顔しとるんじゃ…柔はワレの親友やろがい、もっと信用したらんかいっ!」
「親友やからこそ…や」
「…まぁ解らん事も無いけどな。
でも安心せぇや、アイツは…柔は強いでぇ…直接 闘り合った事はあらへんけどワシには判る。柔はワシよりも強い!」
「お前より…マジで?柔ってそれほどなんか?」
「ああ。そりゃ勿論メチャクチャ差があるとは思わんで、せやけど10回勝負したなら勝ち越すんはアイツやろな。恐らくは金木と10回闘ったとしても柔が勝ち越すと思う」
「て事は…俺より遥かに前を走ってるんやなぁ…アイツは。まぁ当然追い付く…いや、追い越すつもりやけどなっ!
なんにせよ、それを聞いて少し安心したわ…礼を言うで」
元気を取り戻した俺に反して、今度は島井の奴が表情を暗くして言う…
「ただなぁ…」
「ん、なんや?」
「10回勝負で勝ち越すんは柔やとは思うけど、1回目で柔が勝つとは限らん…ちゅう事っちゃ」
ドクンッ!
島井の言葉を聞いて、また俺の胸が高鳴った…しかもさっきより強く…
「ま、ワシ等があれこれ考えとってもしゃあない。始まれば判る事や…柔の強さも、金木の正体も…な」
俺は何も言わずに頷いた。
そして俺達の会話が終わるのとほぼ同時に、柔の奴が意外な動きを見せたんや…
それを見た金木が怪訝な目で言う。
「なんのつもりや…?構えを解いたから言うて、仕掛けるんを躊躇う俺や無いぞ?」
すると柔は不敵に笑いながら、さっきとは別の構えを取りよった。
前傾だった姿勢はピンと伸ばされ、その体重は
7割方が後ろ足にかけられとる。
そして前側の足はリズムを取るような軽い上下運動を繰り返し、両腕もそのリズムに合わせるようにユラユラとした動きを見せている。
アップライトスタイル…
ムエタイ選手が使う、打撃に特化した構え…
ブラジリアン柔術をベースとする柔がアップライト?
何を考えとるんや!?
勝負を捨てる気かいやっ!?
「へぇ…俺の構えやさっき林田をシバいた蹴りを見ておきながら、その構えを取るか…よ?」
目の据わった金木の問い掛けに、相変わらず笑みを浮かべたまま柔が答える。
「見たからこそ…や。俺の悪い癖でなぁ…
相手がボクサーならボクシングで…
空手家なら空手で…
柔道家なら柔道で…
あえて相手の得意技で勝負したくなってまうんよ♪
お前が何を使うんかは判らんけど、打撃系格闘家なんは確かやろ?だから俺も打撃で行こうか思ってな。
あ、心配すんな…仮に俺が負けても、その言い訳にしたりはせんから…よ♪」
金木の歯がギリリと鳴ったような気がした。
でも直ぐに表情を崩すと
「かあぁ~~…俺も嘗められたもんやな。
まぁええわ、その勇気に敬意を表して全力で叩き潰したるさかい♪」
怖い程にこやかに言いよった…
「あのアホ…」
隣の島井がデコに手を当てて、首を振りながら呆れた様に呟いた。
その声に気を奪われた俺が再び2人の方へと視線を戻した時…
ドクンッ!!
ドクンッ!!
ドクン!ドクン!ドクドクドク…
更に鼓動の早まった俺が見た物は、
自分の腹を抱くようにして地に膝をついた柔の姿だった…




