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中指 立てたら  作者: 福島崇史
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温故知新

柴木が肩を揺らしながらガニ股で大河内に近付く。しかもポケットに両手を突っ込んだままや…

大河内は開いた両手を胸元で構え、ゆったりと柴木の出方を窺っとる。そんでもって相変わらずの笑顔や…余裕すら感じさせる。

そんな大河内にキスせんばかりの勢いで顔を近付ける柴木。

手は未だにポケットの中…つまりはノーガード。

その状態で顔をユラユラ揺らしとる。

わっかりやすい挑発やで。

でもな…このシーンを見て俺は思った…

〝この柴木って奴、なかなかの策士やな〟

って。


何故か?

それはな…柴木は解った上で挑発しとるんよ…

大河内が顔面を殴らへん事を。

いや!殴れへん事を。

その理由はリング上の大河内を見れば一目瞭然や。

胸元に脱力した状態で差し出されてる両手、その掌は剥き出しのままで開かれとる…

そう!大河内のオッサン、オープンフィンガーグローブを着用してへんのよ。

ルール上、素手での打撃はボディのみ有効!

顔面への打撃は反則となる。

それを解っとるからこそ、柴木はあんな大胆な行動に出たんや。


「オラオラ!どしたオッサンよぅ…こんな間近に(ツラ)ァ差し出してんだぜ?打って来ねぇと(バチ)当たんぞ!オオッ!?」


「ヒャッヒャッヒャッ♪ほんまでんなぁ…こんなチャンスを棒に振ったら確かに(バチ)ィ当たりそうやわぁ。せやけどなぁ…悲しい事に我が流派は〝後手必勝〟がモットーですのんや♪」


「後手必勝だぁ…?ケッ!そんな馬鹿な事ぁ絶対(ぜってぇ)無ぇっ!!喧嘩ぁいつだって〝先手必勝〟がセオリーだぁ…」


「ほんなら何で先に打って来まへんのや?」


「高齢者へ敬意を払っての事よ♪」


「そりゃどうもおおきに。気を遣わせましたなぁ…せやけどアンさんも言うてた様にこりゃ喧嘩やぁ…遠慮も敬意も要りまへんよって存分にお越しやす」


「へ、へへ、へへへへへ……………そいつぁ失礼……こき麿(まろ)っ!!」


何やら叫んだ柴木が、右の前蹴りを思いっ切りブチ込む!!

でも大河内が両手でそれをガード!

この動きを見て、柴木が初めてポケットから手を出した…まるで懐刀を抜く様に。

そうや!さっきの前蹴りは捨て技!!

ガードを下げさせて本命のパンチを打ち込む腹づもりやったんや!!


「オラッ!」

〝へっ!ガードで両手を使わせてからの顔面パンチ…いつもの鉄板の流れだぜ♪って……アレ?…嘘…だろ…?〟


「ヒャッヒャッヒャッ♪…フシュッ!」

〝甘ぁおますなぁお若いの。あっしが古流柔術しか使わへん思ぅたら大間違いやぁ…その思い込み…大怪我のモトでっせ♪〟



控え室でモニター越しに観てた俺達やけど、メチャメチャ驚いて腰が浮いたわ…

なんせ意気揚々と打ち込んだはずの柴木の右パンチ、それをダッキングでかわした大河内が左のボディブローで反撃…しかもその1発では終わらへんかったんやから…



「ガハッッッ………!!!」

〝な、なんだコレ?この爺い…柔術使いじゃねぇのかよ?こ、この動き…ま、間違い()ぇ…こいつぁ…この動きは…フングッ…~&@+!*"Ⅱ#〟


悶絶しながら柴木が膝をついた…

苦悶の表情に脂汗を浮かべ必死に酸素を取り込もうとするその様は、まるっきり釣り上げられた魚そのものや。

そりゃキツいわなぁ……

最初に貰ったカウンターのボディを耐えたんは見事やったけど、二の打ち・三の打ちも全部カウンターのボディブローで返されたんやから。

今の柴木は地獄の苦しみを味わっとるやろ…

まぁ立てんやろな。ボディブローでダウンした選手は、九分九厘そのままカウントアウトしてまう……


「っけんなよ…ざっけんなよ……ざっっけんなよ~~っっっ!!!」


え…嘘…っ!?

あいつ…カウント7で立ちよった!

レフリーが意識と意志の確認を取って試合は続行!ファイトの声が掛かると同時に、レフリーを押し退けて怨霊みたく大河内に歩み寄る…凄ぇなアイツ…


「爺ぃ~…まんまと騙されたぜぇオイ…」


「ヒャッヒャッヒャッヒャッ!そうでっしゃろなぁ…そのつもりでグローブも嵌めへんかったんやから♪まさか袴ぁ着た素手の爺ぃがボクシングも使えるとは思いませんわなぁ♪」


「後手必勝の…古流…柔術が…聞いて呆れらぁな…でもよぅ…手の内を…知った以上…そう簡単には…いかねぇぜオイィ~~…」


「なんやぁ…まだ息も乱れてまんなぁ…無理せん方がええんちゃいまっか?」


「抜かせっ!さあ続きを()ろうぜ…爺ぃ…」


「そうでっかぁ…ならしゃあおまへんなぁ…ほんならここで1つクイズを出しまひょ♪あっしには武道家としてモットーとしとる四字熟語がありましてなぁ…奇しくもあっしの名前に似た言葉なんですが何か判りまっか?」


「知るかボケッ!!」


柴木が左ジャブを1発…2発…そして3発目!パンチと見せかけて大河内の奥襟を掴みよった!!


「捕ったでぇ…」


そのまま引き込みに掛かる柴木と、逆らわずに引き込まれる大河内。

せやけど完全に引き込まれる前に自ら尻餅をつき、柴木より先にガードポジションを取りよった!

まだ中腰の柴木の右足に絡みつき転ばせる…

そして両足をフックして柴木をコントロールすると、アッちゅう間に柴木の身体を背後から抱く様な体勢に!そしてそのまま首に腕を滑り込ませた!

こ、これ…ブラジリアン柔術で流行りの技

〝ベリンボロ〟やんけ…

こうなるともう…柴木に反撃の目は無い…

必死に足掻いとるけどそれだけや。

どんどん動きが鈍くなる柴木…その耳元で大河内が何やら囁いた様に見える…



「さっきのクイズの答えでっけどなぁ…正解は〝温故知新〟や。古きを知り新しきも知る…それがモットーでしてなぁ。んで私の名前が大河内(おおこうち) (しん)…温故知新と似てまっしゃろ♪って…もう聞こえとりまへんか…」



レフリーが止める前に柴木の身体を解放した大河内。

立ち上がった彼の足下では…白目を剥き、だらしなく舌を放っぽり出した柴木がその身体を小刻みに痙攣させとった。

ようやくそれに気付いたレフリーがゴングを要請…突然の幕引きに観客も呆気に取られとるわ。

打ち鳴らされるゴングの中、ゾッとする様な大河内の笑顔だけが強く印象に残っとるんや…

























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