不気味な男
「品の無い態度はともかく、申し出を聞き入れてくれた事には礼を言うでぇ」
金木は俺の立てた中指を見つめたままそう言うと、山田の方へと向き直り顎をクイッと動かした。
それを受けた山田がノシノシと動き出し、まだノビたまんまの林田を米俵みたいに肩へ担ぎよった。
んでそのまま島井の隣に戻ると、その〝荷物〟をそっと地面へ下ろして島井と笑顔で何やら言葉を交わしとる。
この2人、勝負が終わってからスッカリ仲良しみたいやな…
ま、ええ事やねんけどな♪
おっと…俺もここにおったら邪魔なるな。
もうこの場所の主役は柔と金木に移ったんやから…
そう思った俺が島井達の横に並んだ時、林田のアホが目を覚ましよった。
「ん…う~ん……アレ?…ワシ、なんでこんな所で寝とるんや?…痛っ…頭がズキズキするし、記憶がハッキリせぇへん…えっと、確か…」
記憶を辿っとるんやろな、頭上の空間に目をやってアホ丸出しの呆けた顔しとるわ。
「え~っと…腕を捕られて…関節極められて…リンゴが食べたぁなって……あぁぁ~~っワレッ!!さては又ズルしよったなっ!?」
「…はい?」
「だっておかしいやろがいっ!!スリーパーを極めとったはずのワシがなんで失神しとったんじゃ!ワレがズルしたか、ワレの仲間が後ろからワシを襲ったとしか考えられんやろがいっ!!」
なんちゅう言いぐさや…呆れて物も言えんわ。
すると、無言で首を振る俺の代わりに山田の奴が口を開いた。
「後ろから襲ったんは金木や…お前のクソ加減を見かねてな。言うとくけど俺も金木と同んなじ気持ちやからのぅ、そこで猛省したれやボケがっ!」
「グゥ…」
よく〝グゥの音も出ん〟って言うけど、山田の蔑んだ態度を受けた林田は〝グゥの音を出して〟そのまま黙りこんでしもたわ。
しかし…
あの時、金木がどうやってこのアホをノしたんか?…当然俺も見とらへん。
振り返って金木を見た時、アイツは道具の類いは持ってなかった。つまりは素手でノしたって事や…
「なぁ…島井よ…」
「ん、どした?」
「さっき、金木はどうやって俺を助けたんや?いや、俺を助けた訳や無いな…どうやってそこで凹んどるアホをイワしたんや?」
「……蹴り…や。蹴り1発やった。」
「蹴り1発…マジかっ!?」
「あぁ。しかもケンカキックみたいな素人の蹴りや無かった」
「て…事は…」
「あぁ、あの金木って男…ただの喧嘩屋とちゃう。間違いなく何かしらの格闘技を使うど」
「柔の奴、大丈夫かいなぁ…」
「心配すんな、金木の蹴りはアイツも見てた。柔もいっぱしの格闘家や、相手が素人や無い事くらいは理解しとるやろ」
「ああ…せやな…」
答えてはみたものの、俺の中では嫌な予感がどんどん大きくなっとった…
この会話に山田と林田が一言も口を挟まへんのも不気味やった…
そんな俺の不安は他所に、柔と金木が薄笑いを浮かべながら対峙する。
その表情は、これから始まる楽しい遊びへの期待に溢れとるって感じや。
まだ間合いは遠い。3mってところか…
仕掛けるには無理がある。
その為か、まだ互いに構えすら取ってへん。
そのまま2人がゆっくりゆっくりと歩を進める。
2m…ここでようやく柔が構えを取った。
ボクシングのクラウチングスタイルに近いけど、更に深く腰を落とした構え。
まあMMAでは最もスタンダードな構えやな。
それを見た金木がフフンと笑う…
そして…
ついに金木も構えを取った。
半身を通り越し、真横に開かれた身体。
その状態で前後に軽快なステップを踏んどる。
パッと見た感じではフェンシングの動きに似てると思った。
(伝統派空手…か?)
俺がそう思った時…
「空手に似とるな…せやけど空手の動きや無い…」
島井がボソリと溢した。
「え?」
「ワシに3人の兄貴がおる事は話したな?
一番上の兄貴、象風は伝統派空手を使うんやが、金木の動きはソレと少しちゃう様に見える…柔の奴がそれに気づいとるかどうか…やな…」
金木 泰男…
この男、何者なんや?
柔はどこまでこの男の事を解ってるんやろ?
間違っても油断するなんて事は無いやろけど…
俺の中の不安は、驚く程のスピードで未だ成長を続けていた…




