地獄の始まり
総合格闘技トーナメント〝武人〟の報せを受けて1ヶ月が過ぎた。
一般公募の告知をしてから2週間…
運営のもとには全国のジムや道場から、所属選手の推薦状が送られて来とる。
締め切りは今月末…つまり7月31日や。
それまでの2週間もこの勢いは止まりそうに無い。
でもほんまに大変なんは締め切り後や…
その莫大な数の申し込みから1ヶ月という僅かな時間で選考し、9月の初めには出場者へ通知を済ます。
予定では16人を選考し、そこに海外からの招待選手4名を加えた総勢20人によるトーナメントとなるらしい。
で、行われるのは11月最後の土曜日。
場所は京セラドーム大阪や!
あんなデカい箱で名だたる格闘家と鎬を削る…
想像しただけで今からリビドーに駈られるで♪
え?リビドーは性的欲求やから使い方間違っとるやろっ!ってか?
アホゥ!!闘う男からしたら〝ええ女〟を抱くんも〝強い男〟と闘るんも同じなんじゃっ!!
まぁ…そそぐちゃんしか抱いた事無いんやけども……
彼女は〝強い〟と〝ええ女〟が同居しとるから、考え様によっちゃ最高のパートナーよなぁ♪
と、思考がノロケモードに切り換わった瞬間、鈴本さんの〝鬼の一声〟が掛かったんや。
「誰がそんな所で鼻の下伸ばせ言うたよ?アップは済ませたんかいな?」
「あ、はいっ!2kmのランニングとエアロバイク1時間、動体ストレッチまで済ませてます!」
「よっしゃ…なら今日のメニューを言っとくわ。お前は打撃が下手くそやから、先ずは打撃練習としてシャドーを3分5R…それからミット打ちを3分10R…勿論キックも込みでやぞ!それが済んだら5分のインターバル挟んで、サンドバッグ打ちを3分5Rやってから打撃のみのスパーを3分5Rや…」
昨日までとは明らかに違うキツい内容…
このメニューを聞いとった周りのジム生から、同情心の含まれた声があちこちであがる。
せやから俺は少々強がりながら…
「確かに打撃は俺のウィークポイントっすもんね!ええメニューやと思います!」
そう告げると鈴本さんは、耳を小指でほじくりながら信じられへん言葉を吐きよった!
「せやろ?これが終わったら昼食と休憩…
で、午後からは組技のメニューが別にあるから。んでもって帰る前に仕上げとして総合のスパーを3分5Rしてフィニッシュ…どや?楽勝やろ♪」
最後の〝楽勝やろ♪〟で浮かべた鈴本さんの笑顔は、酷く邪悪な物に見えたわ…まさに鬼!
流石の俺も〝え、えぇ…楽勝っす…〟と答えた時には顔が引きつってたわ…
それを見た鈴本さん…
「心配すんな…流石に試合直前までこんなメニューを続ける訳や無いから。
この1ヶ月間の練習では、お前の癖やら身体能力を分析するのに使わせて貰ってた…
せやけど今日から試合の1ヶ月前までは地獄見て貰う事になる…覚悟しぃや?」
「押忍っ!!」
「自分でも打撃がネックやってのは理解しとるみたいやけど、ハッキリ言うて組技も決して上手いとは言えん。打撃に比べたらマシやけど、打・投・極の全てがプロレスのそれになってしもてる。先ずはその癖を修正せんと…な」
「プロレスの癖…ですか…あのぅ…鈴本さん…ご存知かどうか知りませんが…俺…」
俺の言葉を遮って鈴本さんが言う
「解っとる!プロレスラーとしてプロレスの技だけで勝ち上がる…そない言いたいんやろ?」
「あ…はい…」
「それは好きにすればええよ。でもな格闘技の技術を知らん事には防ぎようがあらへんやろ?格闘技の技を掻い潜って、いかにプロレスの技を仕掛けるか…そのシステムを作り上げるにはしっかりとした基礎が必要や。その為に一回プロレスを忘れて貰う…ええなっ!?」
「え…あぁ…あの…」
躊躇いが歯切れの悪さを誘発する…
そんな俺の肩がふいにポンッと叩かれた。
振り向くと太陽の如き笑顔がそこにはあった。
そう…大作さんや。
「話は聞いてた…せやから勇くんが迷うのも解る…でもな、鈴本っちゃんの言う事は尤もやで?君に人間離れした怪力やとかスピードがある訳や無いやろ?特化した技を持ってる訳でもあらへん…プロレスラー時代の必殺技かてプロレスの範疇やからこそ成り立ってたもんや…つまりズバ抜けた〝武器〟が無いんやから、人並み以上に基礎を鍛える必要がある。その鍛えられた基礎が1番の武器たりえる…その上でこそプロレス技が活かせるっちゅうもんや」
「……」
「せやからこの鈴本を信用してみろって!悪い様にはならへんから…さ♪こう見えてコイツァ名伯楽でな、選手を育てるんは上手いんやから。まぁ…自身が選手としては大した事あらへんクセにな♪」
「……一言多いっすわ」
鈴本さんのボヤキで場が和み、俺も鈴本さんを信じてついて行こうと決めた。
だから…
「貴方を全面的に信用してついて行きます!
どんな練習内容でも不満や疑問はぶつけません!せやから…せやから…俺を優勝させて下さいっ!!」
そう言って深々と頭を下げたんや。




