リンゴを下さい
俺と林田の体重差…控えめに見積もっても10kgはあるはず。
それやのに俺が打ち負けた…
絶対に何か秘密があるはずや。
都合のええ事にアイツは、又ポケットに手ぇ突っ込んで待ちの構えをしとる。
どうやらポケットの中の右手がその謎を握ってるみたいやな…
(よっしゃ!ほんならっ!!)
構え直した俺は、出来るだけ挑発的な顔を作って言ってやった。
「へぇ~…見かけによらずええパンチ持ってるやん。今からさっきと同じように仕掛けるさかい、もっぺん勝負しようやないか。そんだけのパンチやったら、よもや逃げるなんて言わんよな?」
林田の瞼がピクリと動いた。
一瞬だけ探るような目で俺を睨んだけど…
「フフン♪なんか企んどるみたいやけど…
ま、ええやろ。その挑発ノッたろやないけ。
次は意識ごと根こそぎ持ってったるからのぅ覚悟したれや…」
(しめしめ…ノッて来よった♪)
俺は心の中で出したベロをしまいこみ、今度は出来るだけ真剣な顔を作った。
そして構えを解くと、陸上のクラウチングスタート程に身を屈め、下半身に溜めた力を一気に解き放ったんや。
「行くどっオラッ!!」
飛び込み様、わざとらしいほどに右手を振り上げる。所謂テレフォンパンチってやつや。
「ケッ!嘗められたもんやのぅ…なんぼワシが格闘技経験が無いゆうても、そないな大振り喰らうかいボケッ!!」
奴の右手がポケットから抜かれるのが見えた。
そしてそれは、さっきと同じくフックの軌道で俺の顔面に飛んで来る。
(よしっ!かかった!!)
俺は振り上げていた右のパンチを止めて、数cmだけ頭を下げる。
そして鞭のようにしなる奴の細腕を潜ると、頭上を通り過ぎたその腕を両手でガッチリと捕らえた。
「なっ…!?」
「礼を言うでぇ…単純な手に引っ掛かってくれてなぁ♪」
「ワ、ワレッ!さっきと同じ仕掛けをする言うたんちゃうんけっ?騙したんかいっ!?ずっこいどっ!!」
「ずっこい?…どの口が言うとんやっ!!」
俺は捕らえた腕を、そのまま立ち関節技のスタンディング・アームロックに極めた。
こうして反撃の芽を摘んでおいて、本命の右手首を内側に絞り上げる。
すると固く握られていた奴の右拳がゆっくりと開いてゆく…
カラカランッ
乾いた音と共に奴の秘密が姿を見せよった。
それは5cm程の長さで、鈍く銀色に光っとる…ボルトに幾つかのナットを締め付けただけの物や。
いや…こんな物でもバカにはならへん。
小銭を数枚握るだけでもパンチ力は大幅に変わる。
奴はコレを握り込む事で、パンチ力を水増ししてたっちゅう訳やな…
「こんなもん仕込んどいて、ようも人の事をずっこいとか言えたのぅ!おおっ!?」
「あ、あれ?なんやコレ…いつの間にポケット入っとったんやろなぁ…おかしいなぁ…ハハ…ハハハ…」
「いや…しらばっくれるの下手クソにも程があるやろよ…まぁなんにせよ、お前は素手のタイマンっちゅう唯一のルールを破った訳や。
でもな、お前の反則負けなんちゅう決着は俺も望んでへん。このまま続行させて貰うでっ!」
俺は林田に言いながらも、視線は金木へと向けとった。
奴にも異論が無い事を確認する為や。
そしたら金木の奴…
左手の小指を耳に突っ込みながら、右手で面倒くさそうに〝どうぞどうぞ〟とジェスチャーしよったわ。
まぁその態度はどうであれ、相手の大将から了解は得た訳や…
よっしゃ!とばかり、俺は極めとったスタンディング・アームロックを更に深く締め上げる。
腕を極められた事で奴の上体は極端なほど前屈みに畳まれていて、恐らく苦痛に歪んでるはずのその表情は、もう俺の位置からは確認出来ない。
するとその直後…
「ギ、ギ…ブミ…アッ…」
俺の膝辺りから、踏まれたカエルみたいな声がした。
「チッ…」
思わず俺は舌を打った。
(コイツ…しょ~もなっ!!)
内心、大声で叫んでた。
自分が劣勢になると、反撃する気骨も見せんままで直ぐにギブアップかいやっ!
…そう思うとアホらしゅうなった。
情けないやら…悲しいやら…
複雑な想いで、投げ捨てる様にして技を解く。
ほんでそのまま、一言も声を掛けんままで林田に背を向けた。
「甘い…甘いやっちゃのぅ…ソー・スィートやでぇ…え?不惑よっ!!」
「!!」
振り返ろうとした時にはもう遅かった。
奴の枯れ枝みたいな腕が俺の喉元にスッポリとハマって、そのまま仰向けに倒されてた…
スリーパーホールド、それも喉を直接絞めるチョークスリーパーや…
(し、しもたぁ…)
完全に型へ入ってしまえば、逃げる事も耐える事も出来へん技や…
俺は必死で奴の腕と自分の喉の隙間に掌を捩じ込んだ…
〝さっきギブアップ言うたやないかっ!!〟
叫んでいるつもりやけど、それが声になる事は無かった。陸にあげられた魚みたいに、ただ口をパクパクさせてるだけ…
そんな俺を嘲笑うみたいに林田が言う。
「ヒャヒャヒャヒャ♪よ~思い出してみぃや!ワシャ~一回もギブアップなんて言うとらんどっ!ワシはギブミーアップルって言おうとしたんじゃっ!いきなりリンゴが食いたぁなってのぅ♪」
〝ケンカの最中にリンゴが食いたぁなる奴なんかおるかいっ!!〟
当然これも声にはならへん…
僅かに掌を差し込んで防御はしてみたけど、どうにも効果は薄かった。
クソォ…こんな…こんな形で終わるんかいや…
視界の縁が黒くなっていく…
少しずつ狭くなっていく…
「グ、グエッ…」
途端に身体が軽くなって、全てから解放されたように楽になった…
〝あ…俺、死んだんかな…〟
自分の断末魔を耳にするなんて…しかもあんな冴えへん断末魔…しまらんよなぁ…
って、そんな訳あらへんっ!!
薄れかけていた意識が一気にハッキリとした。
絞められて酸素不足だった脳に、再び酸素が供給されたからや。
なんでか?もちろん技を解かれたから…
微睡みから完全に覚醒した俺は、直ぐさま後ろを振り返った。
するとそこには白目を剥いた大の字の林田が…
「うちのアホゥがすまなんだな…勘弁してくれや」
横たわる林田の上に片足をのっけたままで金木が詫びた。
黙ったまま睨むように見上げる俺へと金木が続ける。
「ほんまやったらこのクソダボの反則負け…お前の勝ちやと言うんが筋なんやろな…せやけど言えた義理ちゃうんは承知の上で、1つ頼みを聞いてくれんか?」
「頼み…やと?」
「ああ…このままお前を勝ちにしてしもたら、そっちが3戦中2勝で勝負が決まってまう…そしたら俺がドレッド兄ちゃんと闘る意味が無くなってまうやろ?」
「…で、どうして欲しいんや?」
「理不尽を…恥を承知での頼みや。すまんが今の勝負はノーコンテスト…っちゅう事にして貰えんか?」
「それを俺に飲めってか?そんなん俺が納得いかへんわいっ!せやからこっちが2勝のままで最終戦をやってやな、この最終戦に勝った方が一気に3勝を貰えるっちゅうのはどないやっ!?ジャ~ンピ~ング・チャ~ンス♪てな具合にやな…」
「て、お前…クイズ番組の最終問題や無いんやからよ…」
「だってよ~さっきの勝負、どう考えても俺の勝ちやったやんけ~」
俺が唇を尖らせて可愛さをアピールした所で、柔が初めて口を開いた。
「勇…俺からも頼むわ。俺もコイツと闘りと~てしゃあないんや。だから…なっ!?」
(チッ!こいつ女だけじゃ飽き足らず、とうとう男とまでヤリたいとか言い出しよったか…女とヤリ切った男は男に走るっていうのはホンマらしいのぅ…まぁ雑誌から得た知識やけど)
そんな事が頭を過ったりもしたが…
「わあったわい!でもよ…それでもし金木が勝ったとしてもや、1勝1敗1分けで結局は引き分けになるぞ?その場合はどうやって決着つけるんや?」
一応の了承と疑問を返す。
「そん時は日を改めて、お前と林田の再戦で決着つける…ってのはどないや?」
この上無い返答に自然と笑顔になっちゃった俺は
「のった♪」
無意識に右手の中指を立てながらそう答えてたんや。




