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中指 立てたら  作者: 福島崇史
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再始動

セレクトを去ってから約2ヶ月が過ぎた。

あれから試合は一切やってへん…

じゃあ何をやってるんや?って思うやろけど、それなりに大変やってんで!


流石に実家には戻れへんから一人暮らしを始めたんやけど、身体を小さくせぇへん為には食ってトレーニングをせなアカン…

年中ジャージで過ごしてた合宿所時代とはちゃう。他団体へ営業かける為にはスーツやら私服も揃えなアカン…当たり前やけど実費や…

大量の食料確保も実費…

ジムの会費も当然実費…

家賃、光熱費も至極当然ながら実費や…

衣食住が確保された上にトレーニング設備も整い、給料まで貰えてた合宿所…それがどれだけ恵まれた環境やったんかってのを痛感しとる。


幸いこの1年、貰った給料は殆んど使ってへん。

いや…正確には使う暇が無かったって話やねんけどな。

まぁそのお陰でそこそこの貯金があったから何とかなってる。がっ!部屋借りたりジムに入会したり、なんやかんやで凄い勢いで減って行っとる!

このままやったらマジでヤバいっ!

早急に上げて貰えるリングを探さなっ!!

てな訳で今日は他団体への売り込み行脚や。

先ずは〝太陽の如き男〟こと、福田大作さん率いる総合格闘技団体〝グングニル〟へ足を運ぶ。

グングニルは兵庫駅近くにあって、団体のロゴである三ツ又に分かれた槍の穂先が看板にデカデカと描かれとるからメチャクチャ目立つ。


「失礼しますっ!」


入り口のドアを開け、声が大きくなり過ぎない様に気をつけながらも、元気は汲み取って貰えるように挨拶をする(ややこしい)

すると受付のカウンターには、暖かさすら感じる満面の笑顔を携えた男性が立っていた。

大作さんその人や!


「お~~~っ!!勇くんやないかっ!?なんやプロレス辞めて総合格闘家に転向する気になったんかぇ?」


「ちょ、勘弁して下さいよ~!自分は団体を抜けただけでプロレスラーは辞めて無いっすから~」


「ハハハ!冗談冗談!冗談やがなぁ♪で、今日はどないしたんや?」


「はい…セレクトを抜けたのに御挨拶もしてなかったので…遅くなって申し訳ないですが…」


「なぁんや…そんな事は気にせんでええよ!

てか…他にも用件あるんとちゃうの?かしこまらんでええから言ってみ?ホレッ!言ってみ?」


ハハハ…相変わらずやなぁこの人は…

でもそのお陰で話しやすいわ。

いや…ちゃうな…俺が話しやすい空気を、この人が意図的に作ってくれてるんや…

大作さん、マジ神!!


「じゃあ…御言葉に甘えまして…」


「応よっ!存分に甘えるがよいっ♪」


「あのぅ…無茶なお願いなのは承知の上ですが…暫くこちらで練習させて貰えませんか…?ウエイトをやる為のジムには入会したんですけど、そこは格闘技クラスが無いんでスパーリング相手が居なくて…」


「フム…」


大作さんは顎に手を当てながら、頭上の空間へ上目遣いに視線を運んだ。

そしてそのまま数秒間が経過…

不安になった俺が思わず尋ねる…


「やっぱダメっすか…?」


「あぁゴメンゴメンッ!考えてたのはそういう意味や無くてな…1つ訊くけどその今行ってるジム…入ってどれ位なるん?」


「えっと…もうすぐ2ヶ月ですけど…」


「入会ん時に何ヵ月分の会費払ったん?」


「えっ?あぁ…えっと…2ヶ月分ですけど…それが何か?」


「よしっ!なら今から行って退会の手続きしといでっ!」


「えっ!?」


予想外の言葉に思わず呆ける俺…


「うちならトレーニング設備もある程度揃っとる。別にボディビルダーに転向するつもりとちゃうんやろ?筋力落とさへん程度のウェイトやったら、うちの設備でも十分やん!だから無駄金払うくらいなら、そこを辞めてうち1本に絞りゃあええよ♪」


「え?じゃ、じゃあ…?」


「当たり前やがな!断る理由はあらへんよ!うちの連中にも刺激なるやろぅし、お互いに切磋琢磨してくれたまえよハハハ♪」


そう言うと大作さんは俺に擦り寄り、更に耳元でこう囁いた…


〝今なら新規入会特典で3ヶ月無料や…でも他の会員には内緒やで♪〟


「えっ!?いやいやいや!それは流石にいくら何でもっ!!」


「ちょっ!シィ~ッ!声がデカいわっ!内緒の意味を知らんのかアホッ!!」


大作さんが唇に人差し指を当てながら、慌てて周りを見回した。


「あ…すんません…」


「ったく…でも今言うた様に3ヶ月や。その間に身の振り方を決めて、ちゃんと〝プロ〟としての道を歩きぃ!それが条件や…ええかっ!?」


「はい…ありが…とう…ござ…いま…す…」


大作さんの心遣いに感情が揺さぶられる…


「いや!何も泣かいでもよ!前にも言うたけど…俺は勇くんに期待しとるんよ。いや!夢を見とるって言うてもええ…前に言うてた目標〝プロレスラーのまま格闘王になる〟ってのを見せてくれや…なっ!?」


「……はいっ!」


俺は涙を拭うと精一杯の返事を返した。

そして暫く雑談をした(のち)、グングニルをお暇しようとすると、来た時は気付かんかったある事に気付いた…

受付のカウンターに2つの写真立てが置いてある事に。

1つは見覚えのある老人の写真…

俺が高校生の頃、公園で合気道を教えてくれた室田師匠や。

そういやぁ室田師匠はグングニルの障害者部門に所属してたもんなぁ…

そしてもう1つの写真にはゴツい中年男性が、大作さんにも劣らない〝良い笑顔〟で写り込んでいた。


「この方はどなたですか?」


「ん?あぁ…その人は福井(ふくい) (たかし)って言ってな…一緒にグングニルを立ち上げた俺の兄貴みたいな人や。グングニルの障害者部門はその人の為に作ったようなもんやからな…」


大作さんが懐かしむ様に写真を眺める…

俺はそれ以上何も訊かずにグングニルを後にした。

大作さんと2人の写真に深々と頭を下げて。




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