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中指 立てたら  作者: 福島崇史
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カシャ~ンッ!カシャ~ンッ!

そそぐちゃんに話した次の日、俺は会社に辞表を提出した。

お約束の様に引き留めてくれたけど、プロレスラーになった経緯や柔との約束、その約束に辿り着く為にはどうすべきか…俺なりに今後の考えなんかを隠さず話したらどうにか納得してくれた。

それどころか社長は…


「若さ故の野心…若さ故の無鉄砲さ…

少し羨ましいわ。

わかった…なら餞別に俺も1つ約束する。

なんとしてもセレクトは潰さへん!仮に吸収される様な事になっても名前だけは死んでも残す!せやからアカンかった時はいつでも戻って来い…歓迎するから…よ」


そんな有難い言葉まで掛けてくれた。

俺は泣きそうなんを堪えながら、深々と頭を下げて社長室を後にしたんや。

でも…ほんまに憂鬱なんはこっからやった…

なんせ同期の連中や諸先輩方には何も話してへんかったからな…

俺は〝裏切り者〟と(そし)られる覚悟で合宿所へと戻ったんや。

話すのは全員が揃う合同練習の後がええ…そない考えて、その日はとりあえず何も言わず普通に過ごした。


で、翌日…

普段通り朝の合同練習をこなし、いつも練習終わりにやる全員で正座して「ありがとうございました」の〝儀式〟を済ませたところで、何とか話をしようとする俺。

せやけどどう切り出せばええもんか…と、モジモジしてると…


「おい…勇よ…お前、俺達に何か話す事があるんとちゃうか?」


そう言ったのはアモーンやった。


「へ?」


戸惑った俺が周りを見渡すと、いつも練習終わりは直ぐにシャワーへと駆け込む先輩達が、今日は何かを待つ様にして俺の方を見とる。

この時に俺は悟ったんや…

もう皆んなが〝あの事〟を知ってるんや…と。

自然と肩が震え出し、目から溢れる(もん)を堪えられへんかった。

そんな俺にモリスエが…


「お察しの通り、自分達もう全部知ってるっス…昨日の内に社長が全員に連絡して〝責めずに応援してやってくれ〟って言って来たっス。でもね勇さん…やっぱ本人の口からちゃんと本人の言葉で聞きたいんスよ…その決意を。だから最後の大仕事と思って話してくれないっスか?」


モリスエの言葉に頷きながら、皆んなが優しい目で俺を見とる。ただ1人を除いて…


〝カシャ~ンッ!カシャ~ンッ!〟


俺は涙と鼻水を拭うと、絞り出すように言葉を紡いだ。


「皆さんもご存知の総合格闘家、暮石 柔…アイツは学生ん時からのツレなんです…

そんなアイツと前に交わした約束がありまして…笑われるかもしれないっスけど…アイツがMMAでタイトルを獲って、俺もプロレスのタイトルを獲る…そしてお互いが王者の状態で頂上決戦をやろうって…そんな夢みたいな約束を交わしたんです…端から見ればガキの戯言(ざれごと)にしか聞こえないかもしれへんけど、俺にとっちゃ凄ぇ重くて必ず果たしたい…いや…果たすべき約束なんです…」


ここで一旦話を切って周りの様子を窺う…

誰も口を挟まず、俺を見つめながら言葉を聞いてくれてる。ただ1人を除いて…


〝カシャ~ンッ!カシャ~ンッ!〟


「昨日…アイツは王座に挑みました。惜しくも敗れはしましたが、アイツは既にそういう場所に居るって事です。それに対して俺は…ずっとその想いで焦ってました。しがない新人レスラーの俺が、アイツの場所に行くまでどれだけの時間がかかるんや?…って。だからアイツの試合が始まる直前まで〝まだ行くな!俺を置いて行くな!〟そう思ってました…最低やけど、アイツが敗ける事を望んでたんですよ…俺。

でも…ある人にそれを咎められて、自分の情けなさに気付かされたんです。そして俺は俺らしく、俺のやり方でアイツと肩を並べよう…そう決めたんです!退団はその為の第1歩なんです!だから…だから…すんません!不義理しますっ!!」


俺はリングに頭を擦りつけて詫びた…


〝カシャ~ンッ!カシャ~ンッ!カシャ…〟


その時、今まで響いていたトレーニングマシンの音が止んだ。

そして…ただ1人俺と目も合わさず黙々とトレーニングを続けてた男が、タオルで汗を拭きながら近づいて来る。


「ずいぶん虫のええ話やのぅオオッ!?」


「ティラノ…」


不穏な空気を察してか、周りの先輩方や同期で唯一怪我をしていないモリスエが、俺とティラノの間に入ろうとする…


「何もしやしねぇよ…ただ…言っておきたい事があるだけや…」


この言葉で皆の警戒は解けたらしく、間に出来ていた人の壁は直ぐに消えた。

そして直ぐ様ティラノが口を開く…


「おい…勇よ…社長が何て言ったかは知らへん…だがなコレだけは言っとくかんなっ!ここにお前の居場所はもう無ぇぞっ!帰って来れるなんて思わんこっちゃ!行くなら死ぬ気で夢ぇ果たせやっ!!」


「ティラノ……あぁ解っとる!」


「チッ!ただよぅ…もし…万一…戻って来るような事になったらよぅ……そん時ゃお前が1番下っぱやねんから俺の事は〝さん付け〟で呼べよな…」


ティラノなりに精一杯の無理をしてたんやろな…

そう言い終わると顔が一気に歪んでた…

んで…それを隠す為か、ソッコーでシャワー室へと駆け込んでったわ。

それを見送りながら俺は、心の中でティラノに対し〝詫び〟では無く〝礼〟を述べてたんや。


そんな事があってから3日…

今日は巡業で合宿所には誰もおらへん。

その隙に誰にも会わずここを去るつもりや。

湿っぽくなるのは苦手やからな…

しかしながら…荷物を纏めとると、どうしても今までの事を思い出してまう。

プロレスラーとして過ごしたセレクトでの約1年…

とは言えデビューしてからは数ヶ月やから、実質プロレスラーとしてのキャリアはメチャメチャ短いんよな。

それでも学生時代の1年とは比べ(もん)にならへん濃いぃ1年やった…

ところがや…

荷物が少な過ぎて、思い出の半分も辿る事無く纏め終えてしもぅた。

スポーツバッグ1つに収まった〝それ〟を見つめながら、苦笑いと溜め息が自然と出とったわ。


合宿所の扉を閉め、鍵をいつも通り植木鉢の下に隠す。

そしてプレハブの合宿所を見上げると…

〝こんなに小さかったかなぁ…〟と不思議な気分になった。

初めて来た時はあんなに大きく見えたのに…

だけどそれはきっと、合宿所の後ろに広がった雲1つ無い青空がそう見せたんやと思う!

無限に続く青空に自分の可能性を重ねながら俺は行くんや!

もう1度合宿所を見上げた俺は、そのまま深く頭を下げた。

そして…


「ありがとうございましたっ!!」


感謝の言葉を置き土産に背を向けた…

そしてそのまま二度と振り返る事無く歩き出したんや。



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