決意
「俺、セレクトを退団するわ」
突然の告白に、そそぐちゃんは自らの頭上を見上げながら…
「た…いだん?…たい…だん?…たいだ…ん?…ん?たいだん…あ、退団!退団かぁ!そっかそっか退団かぁ!…………えぇ~~っ退団~~っっ!?」
なかなかのリアクションをありがとう。
「ちょ…退団てどういう事よっ!?そもそも退団の意味解ってるんっ?団体を退く事を退団って言うんやでっ!?それが退団やねんでっ!?」
「知ってるし、てか何回退団言うねんな…」
「今が4回、さっきのも合わせると合計8回」
「いや…数えとったんかい…案外冷静やんけ…」
「そんな事よりも理由を説明してぇなっ!早くっ!今すぐっ!迅速にっ!!」
「わ、わかった!わかったから少し落ち着いてぇな!」
「ガルルルル…」
猛獣みたいな唸り声をあげながら睨む彼女を近くにあったベンチへと誘い、俺は事の成り行きを話し始めたんや。
「実はな…セレクトの現状は芳しく無いんよ…アモーンとトリケラが怪我で長期欠場やろ?で、トリケラに怪我させたティラノは謹慎中…お陰で若武者杯は中止になってしもたし、元々選手の少ない団体やからさぁ興行その物が出来へん状況やねん…」
「それって…潰れるって事?」
「まぁ可能性はゼロや無いやろけど…幸いにもセレクトは他団体とのパイプが何本もあるし、最悪でも吸収合併て形で団体名だけは残るんちゃうかな」
「そっか…で、退団を決めたんはそれが理由なん?」
「いや…退団の事は会社がこうなる前から考えとったよ。正直、背中を押される要因になった事は否めへんけども…それが直接の理由や無い」
「良かった」
「ん?良かった?」
「そ!アンタが薄情者や無くて良かったって事!で…直接の理由は何なん?」
俺は地面に視線を落とした…
「柄にも無いんやけど…焦ったんよ…単純な焦り…それが直接の理由やろな…」
「焦った?」
俺は視線を上げられないまま頷いた…
「柔がさ…アイツが凄い勢いで〝頂〟に駆け上がってくのを見ててさ、俺はあと何年地ベタを這えばアイツと肩を並べれる?そう思ってしもたんや…アイツは客を呼べるスター選手やのに、俺は未だに前座の新人レスラー…俺が柔の居る所まで行くのにアイツを何年待たせる事になるんやろ?それを考えたら…怖くなった…」
そそぐちゃんが太い溜め息を吐き出した。
「そもそもさぁアンタとチャラ男じゃキャリアが違うんやで?あっちは学生時代からプロでやってるんやから、それは当たり前ちゃうのん?
それにMMAとプロレスじゃ競技性もちゃうやん?MMAは強けりゃ直ぐにでも上に行ける。
でもプロレスは強いだけじゃアカン…
アンタがよく言ってた事やんか?」
「わかっとるんよ…頭ではわかってるねん…でもな、心が理解してくれへん…心が俺を急き立てるんよ…」
暫しの沈黙が周囲の喧騒を際立たせる。
そして先に口を開いたのは彼女の方やった。
「わかった!退団の事は一先ず飲み込む!退団した後をどうするつもりなんか聞かせて!それを聞いてから賛成か反対か決める!」
「うん…選択肢は二択やったんやけど…1つはフリーとしてプロレス・格闘技問わず色んな試合をやりながら名前を売る。もう1つは…新団体を旗揚げする…」
「はあっ!?一介の新人レスラーが旗揚げっ!?誰がそんなん観に来るんなっ!?アホなの?ねぇアホなのっ!?大事な事やから念の為もっかい確認するけど…アホなのっ!?」
「いや…わかっとるって。金銭面や選手を揃える事なんかを考えたら現実的や無いし、その選択肢は捨てたよ…」
「〝アホ界〟のカースト底辺や無くて安心したわ」
ひ、酷い…相変わらず吐く言葉が毒霧みたいに紫色やな…
「て事は…もう1つの選択肢、フリーの道を選んだ訳?」
「うん…本来なら若武者杯を全勝優勝して、その冠を手土産に他団体へ乗り込むつもりやってんけど…若武者杯が中止なってしもたからなぁ…
でも有難い事に俺って結構注目されとってさ、今でも他団体からのオファーが何件か来てたんよ。まぁ新人って理由で会社が断ってたみたいやけど…」
「そこに希望の道がある…と?」
「せやな…やってみな判らんけど…格闘技の試合では純粋な強さを見せつけて、プロレスの試合では凄みやドラマを魅せる…これを続けるのが近道なんちゃうかなぁとは思ってる」
ようやく顔を上げる事が出来た俺やけど、入れ替わる様に今度は彼女が俯く。
不安になった俺は思わず訊いとった…
「やっぱ…賛成も応援も出来へんか?」
すると彼女は小さく首を振り…
「するよ…応援する。ただ…少し残念かなぁって…」
そう答えた。
「残念…?」
「そ!残念。私はアンタには唯一無二のプロレスラーになって欲しかったからさ、よく居る〝格闘技も出来るプロレスラー〟や〝プロレスも出来る格闘家〟になっちゃうんかなぁ…って」
ここで俺は満面のドヤ顔を作り…
「それは安心してっ!俺な、プロレスラーになる時に決めてた事があってさ!たとえ格闘技の試合であろうと、フィニッシュは必ずプロレス技で勝つって事!」
「え…それは無理あんじゃない?格闘技を舐めてる?」
「いんや!そうとも言えんで?ハハハ♪」
「何、笑てんねんっ!」
「あ…さぁせん…」
その視線に明確な殺意を感じ取り、すかさず謝った俺の危険察知能力は評価されて良いと思う…
「いや…そそぐちゃん、いや!そそぐさん…考えてみてよ?仮に空手やキックの試合に出たとして、そこでドロップキックや逆水平で勝つプロレスラーの姿…どうよ?格好良いべ♪
MMAなら寝技も使い放題やし尚更プロレスラー天国やん?」
「いや…MMAの試合でプロレスラーが苦汁を飲まされて来たんはアンタも知っとるやろ…
MMAでプロレス式の寝技が通用せぇへんのは既に常識やん…」
「過去の歴史は確かにそうやけど、そそぐちゃんは1つ大事な事を見落としとるで!」
「大事な事?」
「ああ!それは…過去のプロレスvsMMAの歴史に俺が出てない事や♪俺が出る事で歴史は変わるねん!いや!俺が歴史を変える…って言う方が正解やなっ!!よ~しっ!燃えて来たぁ~!俺はやるぞぉぉ~~っ!!ウォ~~~ッ!!」
毒島そそぐはこの時気付いたという…
コイツの居るカースト制度は〝アホ界〟では無く、〝楽天界〟のカースト制度なんだと…そして奴がその頂点に君臨しているのだと…
そしてそれに気付いた時、拳を突き上げ浮かれる男の背中にこの一言をぶつけるのが精一杯だったと筆者に語った…
「うるせえよっ!」




