残酷なコントラスト
それは一瞬の煌めき…
まさに線香花火の様やった。
あまりに強烈で…
とてつもなく鮮烈で…
一瞬のはずが、逆にスローモーションにすら見えた。
そしてその駒送りが終わった時、リングの上では1人の男が大の字に倒れてたんや。
「柔ぁぁぁ~~っっ!!」
俺はなりふり構わず叫んどった。
周囲がどんな目を向けようがクソ食らえやっ!
座席から飛び跳ね、一気にリングへ向かおうとした。
せやけど…それは出来んかった。
何かが俺を引っ張り、鎖で繋がれたまま跳ねるだけの犬みたいになってた…
振り返ると俺を繋ぎ止めた鎖の正体は、そそぐちゃんの手やったんや。
「なんやねん…この手は…?」
自分でも驚く程、冷たい言葉が口から出てしもた…
「ちょっとアンタ…どこ行くつもりなんよ?」
「どこ…?決まっとるやろ…柔が…柔が倒れとるんやぞ…」
「アンタが行ったところで何も変わらへんやんっ!ちったぁ落ち着きぃやっ!」
「落ち着け…やと?落ち着いてなんかられるかいやっ!柔が…せっかく辿り着いた舞台やのに…それやのに…あんな無様な……それを…それを親友の俺がこんな所でのうのうと座って見とれるかいやぁっ!」
パンッ!!
破裂音が響くと同時にグチャグチャだった意識も、グニャグニャに歪んでた景色も鮮明になった気がした。
それから少し遅れて右の頬がジンジンと痛み出したんや…
「あ…あ……」
頬に手をやり呆然とする俺…
「どやっ!目ぇ覚めたかっ!?」
そう怒鳴った彼女やけど、言葉とは裏腹にメチャクチャ悲しげな顔をしとった…
目に涙すら溜めて…
それを見た俺は全身の力が抜けたみたいで、力無く座席に尻を落としたんや。
「ゴメン…悪かった…」
俺が落ち着きを取り戻したのを確認すると、そそぐちゃんも続けて座席に座った。
そして…
「アンタやったらどうよ?」
そう俺に尋ねた。
「え?」
意味が解らず呆けた俺に彼女が続ける。
「もしアンタが秒殺KO敗けしたとしてや…チャラ男がリングに飛び込んで来たら…アンタ…嬉しいか?」
「!!」
「嬉しゅう無いわな?無様に白目剥いて…マウスピースと一緒に泡吹いて…失禁までしとる姿を親友にだけは間近で見られたぁ無いよな?」
「……せやな」
「でもアンタは感情にまかせて、罪深いそれをやろうとしたんやで?」
「グッ…!」
自分の情けなさに頭を抱え込んだ俺に彼女が言う。
「猛省しいや。それと同時に、その場所からチャラ男の姿をしっかり見ときぃ…目を逸らさんと。それが親友としてアンタがすべき事やし、アンタが持つべき覚悟やで」
確かに彼女の言う通りや…
俺は覚悟が足りんかった…
柔が勝って喜びを共有する想像しかしてへんかった…それだけにあそこまで取り乱してしもたんやろな。
勝利の美酒を回し呑みする気分だけで、敗北の砂を一緒に噛む覚悟をしてなかった…
格好悪い話やで実際…
顔を上げ再びリングに目を向けた俺に、そそぐちゃんはそれ以上何も言わなかった。
意識を取り戻し、ドクターやセコンドの問いかけに呆けた顔で答える柔。
その後ろにあるビジョンでは、今のKOシーンが繰り返し流されとる…
開始早々ダッチの左ジャブ連打にタックルを合わせた柔。
ところが…
続けて放ったダッチの右膝が柔の顔面にカウンターでクリーンヒット。
跳ね上げられた勢いで一瞬だけ身体の伸びた柔やけど、次の瞬間には糸の切れた人形みたいに前のめりに崩れ落ちた…打撃を食らって前方に倒れるのはほんまに危ない。
だから意識が直ぐに戻ったのにはホッとした。
まぁ今から病院に直行して脳の検査するまでは安心出来へんけど…
リング上では勝ったダッチが、ベルトの授与式を行ってる…
それをバックにセコンドの肩を借りて花道を引き上げる柔…
ビジョンでは未だ繰り返しKOシーンが流されとる…
勝者と敗者のコントラスト…明確で残酷な光景や。
でもな…俺は信じとる。
柔は再び立ち上がると。
いや…違うな…
アイツはコケてすら無い。
ちょっと小石に躓いてコケそうになっただけや。
だから立ち上がる必要も無く、再びそのまま歩き出すやろ。なんせ俺の親友であり、兄弟分であり、何より最大のライバルやねんから。
会場を出て直ぐ、そそぐちゃんが訊いて来た…
「チャラ男が運ばれたの中央市民病院らしいけど…行く?」
俺は彼女に笑顔を向け…
「いや…やめとく」
そう答えた。
今は会わへん方がお互いの為にもええ。
その代わり、アイツが無事に復帰した時は派手に出迎えてやろう…そう思ってる。
そして俺も決心してた事を実行に移さなアカンな…
そう言やぁその決心については未だそそぐちゃんにも話して無かったな…
ええ機会やし今言うてしまおう。
「そそぐちゃん…」
「ん?」
「俺…セレクトを退団するわ」




