若武者杯 開始!
「赤コーナーより寺野 竜士選手の入場ですっ!!」
ついに入場や!
青コーナーのモリスエは先に入場を済ませ、既にリングの上で待っとる。
プロレスも含め、格闘技で先に入場するのは格下の役割や。
正味の話、目くそ鼻くその俺達に格の上下なんかあらへんのやけど、デビュー戦での結果を考慮して格付けしたらしい。
ティラノはトリケラとフルタイム闘ってドロー…
モリスエは俺に負けとるから…って事やな。
ティラノが自分の頬をピシャッピシャッと叩いて叫んだ。
「ッシャ!!行くぞオラッ!!」
花道へと続くカーテンを開き、俺とアモーンが先に出る。
俺達が1番の下っ端やから、当然入場の誘導も俺達がこなす訳やな。
群がるファンを掻き分け、ティラノの為に花道を空ける…
つもりが!ティラノのアホが手にした有刺鉄線バットを振り回すもんやから、誰も近寄って来ぇへん…俺達の出る幕も無く、自然と道は出来てたわ。
勿論当てる気は無いんやけど、やっぱそうなるわなぁ。
それにしても…ティラノの奴、せっかくキャラチェンジしたのにお客さんの反応は薄いな…
歓声と入場曲の鳴り響く中、俺は半笑いで呟いとった。
「ティラノ…お前めっちゃスベッてるやん♪」
するといきなり後ろから肩を掴まれたんや。
振り返ると鬼の形相のティラノがバットを振り上げとる…
「テメェ…誰がスベッてんだ!?オラッ!!」
え…?この轟音の中で聴こえたん?
何…?その地獄耳…
「冗談やがな冗談!その怒りと闘志は試合に取っとけって!!」
「ア~ンッ!?なんてっ!?こんだけうるせぇんだから、もっとデケェ声出さねぇと聴こえんわアホッ!!」
えぇ…さっきの呟きは聴こえたのに?
めっちゃ身勝手ですやん…その耳…
まぁティラノらしいけどよ。
目線の先にある俺達の聖域…
眩しいライトに照らされ、神々しさすら感じる場所や。
そこに上がる一歩手前でティラノが足を止めた。
そして右手にはバットを持ったまま、胸に左手を当て一礼…
いや、めっちゃ行儀よろしいですやん…
ティラノよ…お前…ヒール向いてねぇわ…
そんな事を思ったけども、またあの〝身勝手地獄耳〟に捕らえられたら面倒やから黙っといた。
見ればモリスエの奴は、青いコーナーポストの上に腰掛けて腕組みをしとる。
もちろん例のマスクを被って、すっかり〝マスク・ド・モリスエ〟としてのキャラを保ってるわ。
でもあの時と違うんは、銀に黒抜きの文字で
〝NO MORE 水のトラブル〟と書かれたマントをしてる事。
いや、どいつもこいつも何ちゅうセンスやねん…
ティラノがリングインすると同時にモリスエがコーナーポストに立ち、そこからバク宙でリングに降り立ちよった!
客席にどよめきが沸き起こる!!
正直、俺も感嘆の声をあげて見とれてた…
悔しいけど〝めっちゃ格好ええやんけ〟と思ってしもぅたんや。
これを見たティラノ、フンッと鼻を鳴らしてバットで赤コーナーをぶん殴る!
そして親指で首を掻っ切るジェスチャー…からの親指を下に向けるジェスチャー…古っ!!
え?うん、もちろん〝格好ええやんけ〟なんて微塵も思いませんでしたとも…ええ。
するとアモーンが…
「よ~よ~…平成も終わろうっちゅうのにアイツ大丈夫か?もしかして昭和から来たタイムトラベラーなんじゃね?」
そんな失礼な事を言いよったから、俺は怒ってやったんや!!
「アホゥッ!なんちゅう失礼な事を言うんやお前はっ!!あれはただ単にティラノがクソダサイ感性の持ち主ってだけやろがっ!そんな事言うたらタイムトラベラーの皆さんに失礼極まり無い!猛省せぇっ!!」
「お、おぅ…スマン…」
解ればええねん解れば。
閑話休題…
いよいよリングアナがマイクを構えた!
「青コーナ~…176,3ポンド~…マスクド~モ~リ~ス~エ~~ッ!!」
モリスエはマントを外して投げ捨てると、青コーナーへと走りバク宙しながらそれを蹴った!
いわゆるサマーソルトキックや!!
そして軽快なフットワークを踏みながら、ティラノへ向けて手招きして見せる。
これで完全に観客の心を掴んだモリスエ!
瞬時に会場は大モリスエコールに包まれた!!
く~っ!魅せるやんけっ!!
次はティラノの番や…正直、嫌な予感しかせんのだが…
「赤コーナ~…209,4ポンド~…寺野~竜~士~~っ!!」
すると…何とティラノが喉に手を当てて天を仰いだんやっ!
コイツ…俺達が気付かん間に〝毒霧〟なんぞ仕込みよったんかっ!?
そして頬を膨らませ、一気にそれを吐き出したっ!!
〝ブフッ…ビチャ…ボタボタボタ〟
霧にならんと、全部液体のままで垂れ流し…
いや!下手かっ!!
でもまぁ…ある意味ティラノも観客の心を掴んだと言えるわな…
会場を大爆笑の渦に巻き込んだんやから…
額に手を当てたアモーンが言う。
「俺、モリスエのセコンドに移りたいんやけど…?」
「うむ…俺もや…」
ティラノ…やっぱお前、ヒール向いてへんってばよ…
そんな俺達の本音を置き去りに、無情にも
ゴングは打ち鳴らされてたんや。




