寝惚け眼
歪んだ景色の中、色んな声が遠くから聴こえとる…
しかし…どれもこれもなんちゅう声や…
それじゃあまるで、音声変えてテレビのインタビュー受けとる〝闇ブローカー〟みたいやんけ…
思わず笑てしもたわ。
てか、俺は今何をしとったんやっけか?
え~と…何やったっけなぁ…?
何か大事な事をしとった様な気が……
ま、どうでもえっか!
なんかこの床、冷たぁて気持ちええし…
凄ぇ眠いし…
一先ず少し寝て、起きてから考えよか……
しっかし、さっきからうるさいのぅ!
人が寝よか思うとるんやから、ちったぁ黙れやこの闇ブローカー共がっ!
特にこの直ぐ近くで意味わからん数字を数えとる声な!なんやねん?ワ~ン、ツ~って…日本人やったら気取らんと日本語で数えろっちゅうんや。
それと耳元の床をバンバン叩きながら、やいのやいの叫んどる声!
俺の名前呼びながら〝立て!〟やの〝起きろ!〟やのと…なんで寝ようとしとる人間の耳元でそんな事言うかね…
ん?待てよ…この声、俺の事を〝アモーン〟て呼んどるな…
て事は…同期の中の誰かやな!
一回起きてちょっくら文句言うたろかいっ!!
上体を起こして声の主を探す。
先ずはさっきから数を数えとる奴!
白シャツに黒のスラックス…サラリーマン?
いや、ちゃうな…え~っと…見覚えある顔やねんけどなぁ…まあええっ!このオッサンは後回しや!
それより俺の名を呼んどる奴、こいつに説教したらなのぅっ!!
ほ~ら、やっぱお前かいっ!勇っ!!
オラッ!こんこんと説教したるさかい、ち~とこっちゃ来いっ!!
てか…何や?お前の前にある白い3本の太いのは?
どっかに閉じ込められとんのか?
ついに猿と間違えられて捕まったか?ハハハ♪
「アホッ!意識あるんやったら早よ立たんかいっ!!腐れゴリラ!」
ほほぅ…猿のお前が俺をゴリラ呼ばわりとはのぅ…やっぱちょっとお灸を据えたらなアカンみたいやな!
せやけど捕まってそこから出られへんみたいやし、俺の方から行くからそこで待っとれ!
ゆっくり立ち上がった時、白シャツ黒スラックスのオッサンが近付いて来て、更に声高に英語で数を数えよった…ファ~イブ!シ~ックス!
〝はて?なんやこの状況…?〟
不審に思いながら周囲を見渡す…
すると視界を埋め尽くす人、人、人、顔、顔、顔…
その全てがこっちに向かってぶつけて来る声、声、声…
これは観衆?
これは声援?
ほんでもって声を荒げてる勇に、英語でカウントするオッサン…
と、なると…………………………………………………………………………
……………………………………………………………………
俺、試合中ですやんっ!!
カウントは既にエイトッ!
その瞬間、終わってしまう恐怖から全身に鳥肌が立った。
俺は反射的にファイテングポーズを取って
「大丈夫っ!やれますっ!!」
そない叫んどった。
しかし危なかったでぇ…
勇は起こしてくれたんやから、説教どころか感謝の言葉を献上せなアカンな…
レフリーが俺の目の様子を窺う。
ほんで指を2本立てて
「これ何本や?」
と訊いて来た。
俺はそれが少し可笑しくて、口の端を弛めながらこない答えたんや…
「勝利のVサインすね?あざぁ~す♪」
これにレフリーも
「そんな軽口が叩けるんやったら大丈夫みたいやな…ほな再開するからな」
そう言って背を向けた。
俺はこの隙に勇へと問い掛ける。
「さっきのダウン…俺は何を喰ろたんや…?」
「ハイキックから軌道を変えての踵落とし…アイツ、足グセ悪そうやから気ぃつけろよ」
「そうか…わぁった…」
俺はそれだけ答えると、褌を締め直すつもりでマウスピースを強く噛み、リング中央へと一歩踏み出したんや…




