ダウンの質
く…!まさか奴が縦拳を使うたぁな…
普通に打ったらパンチは拳が横向きになる。
だからその分、幅が広いからガードに阻まれる。
せやけど拳を縦にして打ったなら横幅は半分ほどになり、ガードの隙間に捩じ込みやすぅなるっちゅう寸法や…
そんな縦拳も元々は日本拳法の技術や…
それを空手家の奴が使う訳無いと踏んでた俺が悪ぃわな。
しかし…情けねぇなぁオイ…
倒れちまった事実より、倒れた原因が情けねぇ…
正直言って、今のパンチは全く効いてねぇんだよなぁ…いや、強がりなんかや無くてよ。
その証拠にこんなにも意識はハッキリしとる。
視界もクリア、湧く歓声もクリア、ほんでもって進むダウンカウントもクリアに聴こえとる…
ならなんで倒れた?って話よな。
先ずは油断…
あのガードを潜って来れる訳がねぇってタカを括っちまった…
なのにそこへあのデケェ拳だろ?
そりゃビックリもするってよ実際…
それともう1つ…
何が情けねぇってこの理由が1番情けねぇんだけどよ…
単純に痛かったんだよなぁ。
まるで至近距離から石でも投げつけられたみてぇによ…
俺ぁよ…昔から選手が効いてもいねぇのに、痛みだけで弱々しくダウンするのが情けなくて許せんかった…特にボブ・サップな。
ところが今、それと同じ事を手前でやっちまってんだろ?ほんと…情けねぇよなぁ…
わぁった、わあった!そんなに叫ばんでも大丈夫だってよ勇!
なんせ全く効いちゃあいねぇんだからよ。
とは言えカウントも7か…そろそろ立たねぇとな。
どれ…ここは1つ観客にサービスでもしてやるか♪
仰向けに寝転んでいた俺は、足を頭の方まで持ち上げて一気にヘッドスプリングで跳ねて見せたんや。
思った通りや、観客は湧いてくれてるやんけ♪
とはいえ立ち上がった時にはカウント9まで進んどった。俺は急いでファイティングポーズを取る。
「やれるか!?いけるか!?」
レフリーが間抜けな事を訊いとるわ…
やれるから立ったんやっちゅうねん!
なんて事はおくびにも出さず無言で頷く俺。
レフリーが俺の目を窺う様に見た…数秒間まじまじと…
どうやら納得してくれたらしく、俺と匠の間で視線を往復させながら再開の号令を吐くレフリー。
「ファイッ!!」
これでロストポイントは互いに〝1〟になった訳や…つまり持ち点は残り〝4〟
なんや、後4回もダウン出来るんか…
その間に奴を関節技で仕留めりゃあええだけの簡単なお仕事やんけっ!!
そう思ったら急に楽な気持ちになれた。
と言っても油断は禁物や、その4回のダウンでKOされてしもたら意味あらへんからな…致命傷だけは喰らわん様にせんと…
えっと…時間は?時間はどれだけ経ったんや?
試合開始から約15分か…
せやけど〝金的休憩〟が5分あったから実際の試合時間は約10分てとこやな。
さっきのダウンのお陰でカウントアウトぎりぎりまで休めた。
でもそれは奴も同じ…せっかく攻めさせてスタミナを消耗させるつもりやったが、さっきのでかなり回復してもぅたやろな。
ロストポイントも一緒、ダメージ量もほぼ一緒…
また振り出しやのぅ…えぇ?匠よ…
匠が上体を左右に振りながら細かいパンチを打ったり、威嚇の意味で蹴り足を上げる様な動作を見せる。
ダウンを奪っときながら決めに来ぇへんって事は奴も解ってるんやな…俺にダメージが残って無いって事を。
そんな事を考えてたら突然奴の左足が頭に跳ね上がって来た!
「うわっと…とと!」
思わず声を漏らしながらもしっかりガード。
しかし舐められたもんやのぅ…いきなりのハイキックとは。
俺のガード能力は
〝多い日も安心のしっかりガード〟と謳われてるねんぞっ!!…まぁ嘘やけど。
っと!また左ハイ!?
確かに速い…せやけどスピードだけや。
この蹴りには〝倒す〟って気概が感じられへん…
つまりは捨て技。本命の〝何か〟を狙ってるって事か…
おっ!?今度は右のロー!
しっかり脛で受けて…と…
からの又も左ハイ!?3回目やぞっ!
こんなもんガードするまでも無いわいっ!
ダッキングしてかわすと同時に反撃じゃい!!
沈めた頭の数センチ上を、凄まじい速度を持った物が疾り抜けて行った。
〝よっしゃ!ここや!!〟
反撃の為に踏み込もうとする俺に、勇の声が叩きつけられる。
「行ったらアカン!上やっ!!」
上?はて…君は何を言っているのかね?
そう思った刹那、俺の頭頂部はハンマーを振り下ろされた様な衝撃に襲われとったんや…
「ダウ~~ンッッ!!」
さっきのダウンとは違い、レフリーの声が遠くで聴こえた。




