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中指 立てたら  作者: 福島崇史
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愚息と孝行息子

セコンドに肩を借りながら一旦控え室に戻った匠やが、5分後にはちゃんと自分の足でリングに戻って来よった。

どうやら金的のダメージからは回復したらしいのぅ…

ほんでもって(なん)やその目は?

ハハハ…ごっつい目で睨んで来とるやないか。

怒りか?恨みか?

まぁ8000人の前で恥かかされたんやから解らんでも無い…せやけどな、リングの上は全部自己責任や!痛みも、辛さも、喜びも、悲しみも、恥辱も、栄光も…全部やっ!

それを俺のせいみたいにすんなや!

恨むなら自分の未熟を恨んだらんかいっ!!

それに…や。

恥ってんなら俺の方がドえらい恥かかされてんねんぞっ!

四方八方から降り注ぐ、8000人の大〝ほ~けい〟コール…

ぐぬぬ!思い出したらまた腹ぁ立って来たわ!

匠よ…お前のかいた恥と違って、これは断じて自己責任や無いっ!

あまりの〝思い出し怒り〟に勇のアホを睨んでしもたけど、当の本人は訳が解らんらしくキョトン顔や…その顔がまた俺の怒りに火を注ぐっちゅうねんっ!!

まぁええ…今はそんな事で取り乱しとる場合や無い…

いよいよ試合再開や、しっかり集中せんとな。


レフリーからリング中央に呼ばれた俺達は、互いに一瞬たりとも視線を外さんかった。

奴は相変わらず殺気を隠しもせん表情や。

だから俺はもっと神経を逆撫でしてやるつもりで、ずっと薄ら笑いを浮かべといてやった。

レフリーが俺達に、金的攻撃の件も含めたルールの再確認をする。

硬い表情の匠とヘラヘラした俺がそれに頷き、説明を終えたレフリーが俺達に握手を促した。

ここぞとばかりに俺の方から先に手を差し出す。


「よう…息子さんの具合はどないや?くれぐれもお大事にって伝えてくれや♪」


しめしめ♪米噛みに血管を浮かせ、引き吊った顔をヒクヒクさせとる。

がっ!それは一瞬だけの事やった。

匠の奴は直ぐに顔を(ほころ)ばせると、俺の手を握り返しながら…


「親の俺が言うのも(なん)やが、うちの息子は親孝行の出来た息子でな…もうすっかり元気やから心配無用や。それより俺はお前の息子さんの方が心配や…なんでも包茎とかいう病気らしいや無いか?貧弱な愚息を持つと苦労が絶えんのぅ…えぇ?」


そんな事をぬかしよった!!

キィ~~ッッ!これも全部〝あのアホ〟のせいやんけっ!!

俺は匠の手を投げ捨てる様に振り払うと、コーナーで待つ勇を再度睨んでやった。

でもやっぱキョトン顔…ぐぬぬぬぬっ!

しゃあないっ!この怒りの矛先を匠へと軌道修正するだけやっ!!

そう決心した時、睨む俺へと勇の声が飛んで来た。


「ほらっアモーン!よそ見しとる場合ちゃうやろ!もうゴング鳴るぞっ!試合に集中せぇっ!!」


ア、アカン…やっぱ一言だけでも返しておかな、怒りで気が狂ってしまいそうや…俺…


「やかましいっ!匠を倒したら次はワレの番やからのぅっ!覚悟して首根っこでも洗っとけやっ!!」


はぁ~…少~しだけスッキリした…

よっしゃ!どうにかこっからは匠に集中出来そうやで!!

すると丁度このタイミングで再開を告げるゴングが鳴った。

すかさずガードを上げる。

ところがその時にはもう匠が目の前まで迫っとった!


〝!?…は、速っ!!〟


両腕で頭部を包みながら、亀みたいに身を丸める!

せやけど匠はそんな事にはお構い無しで、そのデカくて硬い拳を思いっきりぶつけて来よった!!

フルスイングの右正拳…かろうじてガードは間に合ったけど、たったその1発でロープまでふっ飛ばされてしもた。

バウンドして戻った所に又も拳…今度は左の逆突きかいな?

さっき背中に触れたばかりのロープが再び背中に触れた。

奴とロープの間を往復したっちゅう事かいや?

俺はパンチングボールとちゃうねんどっ!

俺は意を決してガードを解いた!

勿論反撃に出る為やっ!!

都合のええ事にロープのバウンドで勢いもついとる…スピードの乗った右ストレートを奴の顔面にっ!

……顔面…に…っ!?

アレ…?届かへん…それに…い、痛ぇ…

匠の野郎…俺のストレートの伸びを見切って、内股にカウンターのローを…


や、やべぇ…腰が落ちる!

踏ん張れやっ!俺の脚っ!!

ア、アカン…

力が入らん…

膝がマットにつくかどうかって所で、白いヒラヒラが俺の視界に入った!

ゾワゾワした物が背中を這い、咄嗟に上体を反らした俺の目の前を白いヒラヒラが走り抜けてった!

それは奴の履いてる道着…そう、奴は崩れた俺にすかさず前蹴りを放ちよったんや!


〝な、なんちゅう風圧や…喰らってたら終わっとったで…〟


火事場のクソ力か?それとも恐怖からか?

力の入らんかったはずの脚に力が戻っとった。

俺は直ぐに立ち上がり、奴の追撃に備えてガードを固める。

気付けは俺は自陣である青コーナーに凭れる形になっとった。


「アモーン!ガードばっかやと飲み込まれる!自分から攻めぇっ!!」


そうやのぅ勇…お前の言う通りこのままやとジリ貧や…それは俺も解っとる。

でも今は我慢の時や…ガードを固めて、体力の回復を待ちながら奴の隙を窺う。

それに攻めさせればスタミナも奪えるやろしな…


お?来た!右フック!!

しっかりガードして…と。

間髪入れずに左フックかよ?

こいつもガード!

お前の狙いは解っとるでぇ…

左右のフックで意識を横に向けといて、ガードの甘くなった正面にストレートもしくはアッパーやろ?常套手段やのぅ♪

ほらよ!しっかり正面固めさせて貰ったで!

さぁっ!どうするよ!?

俺は顔の前に立てた両腕の隙間から奴の動きを探った。

ほ~らやっぱり右ストレートかいな♪

せやけどこの俺の堅牢なガードが……

っ!?


顔面で何かが爆ぜた…

自分の頭が後ろに弾かれるのが判った…

鼻の奧が鉄の匂いに充たされる…


〝ん、んなアホな…奴のデカい拳があのガードを抜けられる訳……〟


崩れ落ちる俺の耳に、ボソリと呟く勇の声が届く…


「あ、あれは縦拳(たてけん)…」


そうかよ…そういう事かよ…

謎が解けたと同時に、今度はレフリーの馬鹿デカい声が俺の耳に届けられた…


「ダウ~ンッ!!」








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