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中指 立てたら  作者: 福島崇史
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特別ルール

花道へ出た瞬間、爆ぜる様な大歓声が俺の身体を包んだ。

今日がデビュー戦の無名に等しいプロレスラー…

そんな俺がこれだけ歓迎されるなんて正直思わなんだ。

だが…決してその雰囲気に飲まれた訳や無いでぇ。

花道沿いに群がる格闘技ファンやプロレスファン、そいつらに愛想を振り撒くなんて真似もせぇへん。

頭を覆ったタオルから殺気を保った視線を放ったまま、前方の一点だけを見つめゆっくりゆっくりと歩みを進めたんや。


しかし…不思議な光景やな…

入場曲と歓声が入り雑じった轟音。

それを全身に浴びながら〝あの場所〟を目指しとる訳やが、暗闇の中〝あの場所〟だけはライトに照らされ、静かに…そして別世界かの様に浮かび上がっとる。

まるで砂嵐の渦巻く砂漠でオアシスを見つけたみたいや…

ただ、砂漠で見つけたオアシスは蜃気楼ってのが定番やけど、俺の見ている〝あの場所〟は確かに存在しとる。

今は台風の目みたいに静かにポッカリと口を開けとる〝あの場所〟やけど、数分後には1番の暴風域に変わるんやでぇ…いや!俺が変えるんや!!


ようやく〝この場所〟に辿り着いた…

俺は1度足を止め、目を閉じながら手を合わせた。

別に神に祈った訳でも(がん)を掛けた訳でもあらへん…ただただこの日を迎えられた事への感謝を示しただけや。

まぁ今後は〝この場所〟に入る前の儀式として毎回やるつもりやけどな。

初の儀式を終えて後ろを振り向くと、勇の奴と目が合った。

歳こそ結構離れとるが、俺はコイツを〝五分の兄弟分〟やと思っとる。

だからこそコイツにスパーリングパートナーもセコンドも頼んだ訳やしな。

試合が終わった時、コイツと歓喜の抱擁を交わすのか…はたまたコイツに骨を拾われるんか…それは判らんが、なんにせよ頼りにしてるで!

そんな想いを込めて無言で頷くと、奴も無言で頷き返して来た。

せやけど俺にはハッキリと聞こえたで…

〝まかせろっ!〟って力強い言葉がな。

それに背中を押された俺は一気に階段を駆け上がり、その勢いのままトップロープを跳び越えて〝この場所〟へと身を投じたんや。


コーナーに凭れて、肩や上腕を勇にマッサージされながら野郎の入場を待つ。

するとリングアナの怒声にも似た声が会場に響き渡った。


「続きまして!匠 康生選手の入場ですっ!!」


俺の時の数倍はあろうかって大歓声が巻き起こる。

そりゃ当然やわな…全く無名の俺と比べたら失礼ってもんや。

でもなぁ…帰りの花道では人気が逆転してるはずやでぇ♪

そんな事を考えてる内に、対戦相手の匠が花道に姿を現しとった。

思った通り空手着を身に纏っての登場や。

武道家然とした佇まい…

凛とした真っ直ぐな視線…

ケッ!優等生みたいで癪に障るで。


奴も俺と同じで群がるファンには目もくれず、ただ1点を見つめながら歩みを進めて来る。

ただし…その視線は〝この場所〟や無くて、俺へと向けられとる。

気負った物では無い…かといって見下した物でも無い。これから拳を交える相手を分析する様な、ただただ冷静な視線や。

コイツの闘志はどうやら蒼い焔らしいな…

緋の焔を燃やす俺とは正反対や。

さて…それが吉と出るか凶と出るか…


奴も下で1度足を止めると、胸元で十字を切りながらハッキリとした声で〝押忍〟と気を吐いた。

その間、1度たりとも俺から視線を外さぬままで…な。

そしてゆっくりと階段を踏み締めると、トップロープとセカンドロープの間を潜って〝この場所〟へと入って来た。


改めて両者の名前がコールされ、やはりここでも声援は奴に()があった。

新参者のプロレスラーと神竜会空手無差別級世界王者…泣ける程の格差や。

せやけどそんな(もん)はクソ程の気にもならへん。

俺達ゃあ闘いっぷりで己を示すだけやからな…

なあ匠よ、お前もそう思っとるんやろ?

しかし…流石は無差別級王者や間近で見るとやっぱデケェな。

体重こそ100kgあるかどうかやけど、身長(たっぱ)は190cmくらいあるな…

俺が185cmの110kgやから、お互いに体格的なアドバンテージは然程無さそうやな。

ここでコールを終えたリングアナが、再びマイクへと唾を飛ばした。


「この第1試合はロストポイント制特別ルールにて行われます!よってこれよりルールのご説明をさせて頂きますっ!!」


そうよ…この特別ルールは、主催者に俺が直接提案して採用された物。

今までどこの団体でも行われてない初の試みや。

観客どもよ…内容聞いて度肝抜かせや♪


「この試合は30分1本勝負で行われ、両選手は互いに5ポイントの持ち点で試合に挑みます。そしてダウンもしくはロープエスケープをする度に持ち点が減り、持ち点が無くなった時点でTKO負けとなります。

次に有効技のご説明を申し上げます。

スタンド状態、グラウンド状態問わず、あらゆる打撃、あらゆる組技が有効!!」


ここで会場がどよめきに包まれた。

そうさ…これはMMAとロストポイント制の融合ルール。つまりマウントパンチも認められるしロープエスケープも認められるって訳よ。


「次に反則技のご説明に移ります!

目突き、噛みつき、引っ掻き、道具の使用等の非人道的行為のみを反則とします!

反則行為が行われてた場合イエローカードが与えられ、イエローカード3回で反則負けとなります。又、悪質な反則行為にはレッドカードが与えられ、この場合は1回での反則負けが告げられます!

尚、金的攻撃やグラウンドでの肘打ち、グラウンドでの脊髄・延髄への打撃は有効と致します!!」


再び起こるどよめき…

そりゃそうなるか…今じゃグラウンドでの肘打ちや脊髄・延髄への攻撃は、殆ど全ての団体が禁じてるからなぁ。


「ロープを掴んでテイクダウンを防ぐのは反則とはなりませんが、5秒掴んでいた場合はロープエスケープと見なします!また数秒で1度離して又直ぐに掴む行為もロープエスケープと見なします!!

また、グラウンドの展開中にロープに(もつ)れても一切ブレイクする事はありませんが、一瞬でもロープを掴んだ場合はロープエスケープと見なします!そしてロープエスケープについてもう1つ…足でのロープエスケープは認められませんっ!手で掴んだ場合のみが有効となりますっ!!」


へへへ♪どうだい?この俺が考えたルールは…?

俺の勝手な解釈だけどよ、ロープエスケープってのはケンカで関節を極められたが、あと数cm手を伸ばしたら〝石〟やら〝ガラスの破片〟といった武器に手が届くって状況の再現だと思ってる。

だから極めてる方も技を解かざるを得ないって状況だとな。

って事はだ、足でのロープエスケープはおかしいだろ?足で武器は掴めねぇんだからよ。

だから手で掴んだ時のみエスケープが有効って事にしたんだ。

ロープを掴んでのテイクダウンを防ぐ行為ってのも、最近のMMAじゃ当たり前みたいに反則行為だけどよ、あれだってケンカに置き換えりゃあガードレールや電柱にしがみついて倒されるのを防いでるってよくある光景だぁ…だから有効にさせて貰ったぜぇ♪

ま、競技である以上はペナルティが必要だからよ、時間制限でエスケープ取られる様にしたんだけどな…


「決着は打撃によるKO、関節技によるギブアップ、持ち点が失くなる事によるTKO、負傷によるドクターストップで決します。これまでご説明申し上げた以外の部分は、随時レフリーの判断に一任されます。30分で決着が着かなかった場合はポイントの差による判定としますが、ポイントも同点だった場合はサドンデスルールの延長戦を行います。それでは以上でルールのご説明は終了とさせて頂きます!!」


深々と頭を下げてアナウンサーがリングを下りた…

まだ会場は歓声ともざわつきともつかない(もん)に包まれとる。

長年俺が総合格闘技に対して持ってた疑問…

それを解決する為に作り出したこのルール。

採用してくれた主催者には感謝しかあらへん。

いや、それより何より…や…

これを飲んで受け入れてくれた匠選手にこそ、敬意と感謝を示さんとな…勿論試合内容で…な。

おっと!レフリーがリング中央へと呼んどる。

気付けば匠の奴、道着の上だけ脱いで上半身は裸になっとるやんけ。

く~っ!惚れ惚れするような身体やのぅ~♪

デカいが俺達レスラーとは別種の肉の塊…

こりゃ壊し甲斐があるでぇ♪


レフリーが俺達の身体をボディチェックしながら、今聞いたばかりのルールをくどくどと繰り返しとる。

わかっとるっちゅうねん!ええから()よヤらせぇや…もう我慢出来へんでぇ…

裸の美女を目の前にしてお預け食らっとる気分や。

お?やっと終わったな…いよいよや!

一旦コーナーへ戻され、互いの顔を見つめ合う。

匠よ…いい目で俺を睨むじゃねぇか♪

いいぜ!その怖い目付きで俺の肉体を好きにすりゃあいい!

ただし…俺も好きにイカせて貰うから…よ♪


俺の心と身体の回転数が一致した瞬間、試合開始を告げる鐘の音が会場に響き渡ったんや。


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