蝶として…
「勇…力ぁ貸してくれるか?」
そう言ったアモーンの顔は思い詰めた物やった。
せやけど俺にはどうにも腑に落ちん事がある…
「力貸すも何も、同期内やったらお前が実力No.1やろよ…相手は空手家やろ?空手の実績やったらお前も大したもんやし、アマレスの技術だってあるやんけ…そんなお前に俺が何をしてやれるんや?」
「それじゃあアカンねや!」
アモーンは語気を荒げてそう言うと、缶コーヒーを飲み干し空き缶を握り潰した。
「それじゃアカンて…どういう意味や?」
「確かにお前の言う通り、俺やったら空手家を相手に空手だけでも勝負は出来るやろな…それにアマレスの技術で寝技にも持ち込めるし、勝機は十分過ぎる程にある…いや…むしろ負ける気がせえへん…」
強気な発言とは裏腹に、アモーンは地面を見つめたまま相変わらず思い詰めた表情…
「なんや自慢かいっ!でも言うてる事と表情のバランスが取れとらんぞお前…そこまでの自信があるんやったら問題無いやんけ?いよいよ俺の出る幕なんか…」
「ちゃう!」
俺の言葉を遮りアモーンが叫ぶ!
「うおっ!急にデカい声出すなやビビったやんけ!で…さっきから自分にえらい否定的やけど、何が言いたいんや?途中で話を折らへんと最後まで聞くからよ、全部話してみぃや?」
「すまんな…さっきも言うたように、格闘家としての勝負なら全く不安は無いんや…
でもな!格闘家じゃアカンねん!俺はプロレスラーとしてリングに上がるんや、せやからプロレスラーとして相手に勝たなアカンのや!」
「なるほどな…そういう事か…」
俺にはコイツの気持ちが痛い程に解った…
俺もプロレスラーとしてプロレスの技術だけで〝格闘王〟の座に駆け上がる事を目指しとるんやから。
「正直俺は自分の強さに自信があった。
いや…今思えば過信しとったんや。だからあの日…道場破りに行ったあの日も、道場に居る奴は全員イワしてもたるつもりでおった。
俺ならそれが出来ると思うとった…
プロレスラーなんぞ八百長のペテン師、裸踊りの見世物やって…そう踏んどったんや…」
「……」
俺は約束通り、口を挟まずに次の言葉を待った。
「それがどないや…結果はお前らも知っての通り!コテンパンのケチョンケチョンや!
今まで俺の打撃をまともに喰らって立ってた奴なんかおらへんかった…
それやのに奥堂のオッサンと来たら笑ってやがったからな…
あの闘いで俺は考えを改めた。いや!改めさせられたんやっ!
小便チビる程にボコられてよぅ、プロレスの…プロレスラーの凄さや怖さって奴を思い知った。
だからこそ恥を承知で入門を志願したんや」
「まぁ最初は健闘しとったけどなぁ…確かに最後は酷い有り様やったもんな♪てか…何?お前あん時小便チビってたの?初耳~♪」
「なんで嬉しそうやねんコノヤロー…」
「悪ぃ悪ぃ、そう怒んなよ♪で、身をもってプロレスの凄さを痛感した…と。それからどした?」
「チッ!なんや調子狂うのぅ…まぁええわ…
とにかくや、自分を最強と勘違いしてた俺の目を覚ましてくれたプロレス。ようやくそのプロレスラーの一員になれる晴れ舞台やぞ?そこで俺が捨てたはずの過去と同じ闘いが出来る思うか?
生まれ変わって蝶として羽ばたくべき日に、青虫のままで地を這う様な真似しとぅ無い…解るやろ?」
「あぁ…解るよ」
確かにそうよな…プロレスラーに負けて、プロレスラーの凄さを知り、プロレスラーになる為に過酷なトレーニングに耐えて来た…
そんでもってやっとこデビュー戦が決まったってのにそれが異種格闘技戦…
それだけでもコイツからしたら〝何でやねん?〟って想いやろぅに、そこでプロレスラーとしての自分を出されへんかったら〝酷〟以外の何物でも無いよな…
「お前なら解ってくれると思うとった…だからこそお前に話したんやからな」
「確かにお前の心中は察するにあまりある…でも1つだけ言わしてくれ…」
「な、なんや…改まって?」
「お前は〝蝶〟って柄や無い…
〝蛾〟やぞ〝蛾〟!
そこは自覚せぇよ!!」
「しまいにブッ飛ばすぞ…」
そんな軽口を挟み、重かった空気を払拭した俺…偉かろ?で、その流れで1番訊きたかった事を素直にぶつけた訳よ…
「なぁ…アモーン…話してくれた事は素直に嬉しいで…でもよ力を借りる相手に何で俺を選んだ?体力や身体能力で言えばティラノの方が上やし、技術や戦略ならトリケラの方が上や…
それに空手家が相手なんやから、仮想敵として空手経験者のモリスエは最適やし…
何で俺なんや?」
「お前が1番バランスがええと思っとるからや」
「バランス…?」
「ああ、そうや!バランスやっ!!
確かに体力や潜在能力はティラノが1番やと思う…アイツは間違いなく大化けするやろぅ。でも今のアイツはデスマッチ路線に行く事しか考えてへん…王道のプロレスを目指しとる俺とは道が違い過ぎる。
次にモリスエ…空手を使えるっちゅうても体格がなぁ…やっぱせめて90kgは欲しい。それに技術的にもルチャは俺のガタイじゃ使えんし、そもそも異種格闘技戦には不向きやしな…ハハハ
そんな訳でお前なんや!あ、勘違いすんなよ!別に消去法で選んだ訳や無ぅてやな…」
「いや…待て待てっ!1人忘れとるやろがっ!!」
「ん?」
「ん?…や無いわっ!お前、意図的に忘れとるやろっ!?大体、異種格闘技戦のスパーリングパートナーなら、格闘プロレスを目指しとるトリケラが1番向いとるんちゃうんかいや?」
「あ、あぁ…トリケラ…ね…」
苦笑いを浮かべながら首筋を掻くアモーン。
「ん?なんや…アイツと何かあるんか?」
「いや…そういう訳や無くてやなぁ…」
「なんか引っ掛かる言い方やのぅ…なんやねんなっ!?」
「いや…アイツの人間性がどうこうってんじゃ無ぇんだけどな、トリケラは俺の苦手な属性を2つも兼ね備えとるんよ…」
今度はバツが悪そうに米噛みを掻いとる…
「苦手な属性…?なんやねんそれ…?」
「〝知性〟と〝標準語〟」
東京出身の全インテリに土下座せえ…
俺は心の中で呟きながら、冷やかな視線を奴に浴びせた。
するとそれに気付いた奴は、取り繕う様にフォローを入れ始める。
「いや!ちゃうねんでっ!!アイツが嫌いってんじゃ無くてなっ!ほらっ!そのぅ…なんだ…理詰めで諭されたら悔しいし、標準語って虫酸が走るし…なっ!?お前も同じ関西人のアホやから解るやろ!?この気持ち…」
「誰が同じ関西人のアホやねん!一緒にすんなっ!!それにお前それ全然フォローになっとらんからなっ!!」
「や、やっぱり?め、面目ない…」
「それにお前は俺達同期の中で唯一の大卒やろ?なんでトリケラの知性にコンプレックス持ってんの?」
「いやぁ…俺はスポーツ推薦での入学だしよ、何よりトリケラの頭の良さってのは勉強が出来る云々ってんじゃ無く、本当に頭が良い奴のそれなのよなぁ…」
呆れた俺は太い息を吐きながら首を振った。
「もうええ…わかったわかった!で、俺が1番バランスがええってのは?」
「さっきも言うた様にティラノはデスマッチに走っとるし、モリスエはルチャやろ?トリケラの格闘プロレスはかつてのUWF戦士みたいやけども、少しばかり格闘技に寄り過ぎとる。その点、お前は格闘技とプロレスのバランスが絶妙に取れとると俺は思う。格闘技でもプロレスでも上位に喰い込めるタマやと…な」
そんだけ誉められたら悪い気はせえへん…でも1つ引っ掛かる…
「お誉めに預り光栄やけどな、上位に喰い込めるってのは気にいらんなぁ…どうせならトップを取れるって言うてくれるかぁ?」
「へっ!言ってろタ~コ!」
「とにかく事情は解った。お前には借りもあるしな、俺なんかで良かったら喜んで力にならせて貰うで!」
「ほんまかっ!?」
「応よ!その代わり今度また何か奢れよなっ!」
「まかせろっ!今度こそ〝あたたか~い〟おしるこ奢ったるから♪」
「いらんわっ!!」
こうして次の日から俺とアモーンの〝特訓〟が始まったんや。




