当たりマエダのニールキック
山陽須磨駅で降りた俺達は、相変わらずアホな事を言い合いながら須磨海岸を目指した。
山陽須磨駅から須磨海岸までは、国道を挟んで目と鼻の先や。
国道の信号を渡り、JR須磨の駅舎に入る。
ここを通り抜けたら目的の須磨海岸…
そこは目眩く女子高生パラダイス♪
の…はずやった。
「おい柔…話がちゃうやないか…」
「ほんまやどワレ…先生なんて呼んで損したやんけ…」
「アレ?…っかしいなぁ…いつもメチャクチャおるんやけど…」
柔が焦った顔をキョロキョロさせる度に、ドレッドヘアが〝でんでん太鼓〟みたいに動く。
危うく笑いそうになったけど、ここは怒った演技で追い込まなアカン場面やからな…ガマンガマン!
胸元で腕を組んだ島井と、腰に手を当てた俺が柔を睨みつける。
まるでお寺の入り口に立っとる仁王様や。
「そ、そない睨まんとってぇな…俺もガッカリやねんからよ…」
上目遣いで小さくなっとる柔を見て、怒った芝居すんのにも限界が来てしもぅた。
だってあまりに弱々し過ぎて、捨て犬みたいやねんもの。
「ハハハッ!なんちゅう顔してんねん!お前がそんな顔すんの珍しいやん♪」
「いや…大口叩いたのに面目無いなぁ…と」
「ま、反省しとるみたいやし、駅下にあったミスド奢ってくれたら勘弁したろかいのぅ…先生♪」
「はい…わかりました…ただし1人500円迄でお願いします…」
し、しおらしいっ!
こんな柔はなかなか見られへん。
もしかしたら…
暫くはこれをネタにイジれるんやないやろか♪
で!肩を落とした柔を先頭に来た道を引き返そうとしたその時、それは海岸の方から聞こえて来たんや。
「や…やめて下さい…」
「ちょっ…しつこいねん自分等っ!ええかげんにせんと大声出すでっ!!」
「ほんまやっ!直ぐそこにポリボックスあんねんからねっ!!」
女の子達の声やっ!しかも助けを求めとるらしいっ!!
驚いた俺と島井が顔を見合わた時、既に柔は走り出しとった。
風や…アイツは風になりはったんや…
「早っ!」
「ちょ、待てって柔っ!」
「アホゥ!せっかく魚群レーダーに反応があってんぞっ!待ってられっかってぇのっ!!」
ぎょ、魚群レーダーて…
とにかく俺達も柔の後を追いかけた。
そして海岸に繋がる南側の階段を駆け下りると、声の主は直ぐに見つかったわ。
見るからに〝ややこしい〟3人組に囲まれた〝可愛らしい〟3人組が…
「ちょっと付き合うくらいええやんけ、減るもんや無いんやし」
「せやせや♪付き合ってくれたらパフェでもパンケーキでも奢ったるで♪」
「ま、その前に俺達もええ思いさせて貰うけどな♪」
ゲッス~…
絵に描いた様なゲス共やんけ…
年は俺達と同じくらいか?
せやけど私服やし学校行ってへん連中かもな。
まぁこっちにも1人、私服で学校通ってる奴がおるけども…
「お前等…ええかげんにしとけやっ!」
真っ先に動いたんは、私服で学校通ってるその男やった。
「あぁん…?何じゃワレ…?」
反応までがゲスい…
今日、須磨に女の子が少ないのはコイツ等が原因かもしれんな…
「いかんなぁ君達…実にいかん…女の子を怖がらせるなんざぁ愚の骨頂や…」
「だぁかぁらぁっ!何じゃワレはって訊いとるんじゃっ!ウザい髪型しくさって、かっこつけんのも大概にしたれやダボがっ!!」
「俺?俺はこの漁場を管理してる者や。」
いや…柔くん…釣り堀だの魚群だの漁場だのと、女の子を魚に喩えるのも如何なものかと…
しかも管理者て…
ほらぁ…そのチンピラ君、もうくっつきそうな位まで顔近付けてますやん…
こりゃおっぱじまるな。
俺が覚悟を決めたタイミングで、リーダー格らしき奴がチンピラ君を制しながら柔の前に立った。
「自分、オモロイなぁ♪」
「せやろ?よく言われるわ♪」
「せやけどな…人の狩りを邪魔すんのはチィ~と野暮やないか?」
お前は狩りに喩えるんかい…
漁師VS狩人ってか?
「確かにな…女の子が乗り気なところを俺が横入りしたんやったらそれは野暮…ルール違反やと思うわ。せやけど嫌がっとるのを脅すみたいなやり方でってのはもっとルール違反やでぇ?断られたら即撤収…んで次の獲物をってのがスマートなナンパってもんや♪」
ここに来て柔のナンパ講座開講…
「流石は先生や…ええ事言わはる…」
って島井っ!何をメモってんねんっ!!
「これはこれは…見かけによらず綺麗事を抜かすやないかドレッド兄ちゃんよ。狩りの手段なんざぁ人それぞれや…銃で狩ろうが罠で狩ろうが、狩れたらそれでええ…ちゃうか?」
「フフン♪典型的なモテへん奴の言いぐさやな…」
この一言で場の空気が一転してしもた。
顔色の変わった連中が柔を取り囲みよった。
「おい…島井」
「応…わあっとる」
これから始まるであろう事に備え、俺達も柔の横に並んだ。
「なんやぁ?お友達も一緒やったんかいな…
しかも都合のええ事にお互い3人組と来たもんや。こうなったらヤル事は1つしか無いのぅ…」
俺達と奴等の間にある空間が張り詰めたような気がした。
喧嘩がおっぱじまる前の独特の空気感…
少し動けば破裂してまいそうな…
しかしその膨張していた空気は直ぐに萎む事になった。
「やめや…」
リーダー格の男が言ったこの一言が切っ掛けで。
「やめ?」
「あぁ、やめや。今は…な。」
「どういう意味や?」
「ほれ、あれ見てみ」
リーダー格の男が指差した方に目をやると、さっきの女子高生達が駆け出すのが目に入った。
「アイツ等、多分ポリさん呼びに行ったど。駅の直ぐ北側にポリボックスあるからのぅ」
「なるほどな…で、どうする?俺達もこのままバイバイして終わる気か?」
柔の挑発的な台詞…
「まさかまさか♪女は逃したけど、代わりにこんなオモロイ相手見つけたんやからな。そんな勿体無い事ようせんわいな…」
コイツ…凶暴丸出しやな…
男が浮かべた笑顔を見て、俺はそう直感してた。
で、その爬虫類みたいな顔のまま男が言うたんや。
「場所と日を改めよか。明日の木曜、夕方4時半に長田の漁港…どないや?」
「その場所にした理由は?」
「もともと荒くれ者の街やし、そん中でも荒くれ者が多い漁師が仕切ってる場所や…喧嘩を止めたりポリさん呼ぶようや真似はされへんやろ?」
「なるほど確かにね…わかった。一応言うとくが、お互いメンバーはこの3人だけやぞ?人数集めるなんて汚い真似はすんなよ?」
「当たりマエダのニールキックや♪
3対3のタイマン勝負でキッチリかたつけようやないか…のう?」
こ、こいつ…!
今、当たりマエダのニールキック言うたか?
俺、当たりマエダのキャプチュードってのが持ちネタやねんけど…もしかして気が合うんちゃうやろか?
そう思った俺は思わず声を掛けてしもてた。
「おい!お前…プロレスとか格闘技好きなんか?」
「ん?おお…メチャクチャ好きやど」
「俺もや。で、前田さんのファンかいや?」
「まぁ好きっちゃ好きやのぅ…それが何やねんな?」
「好きっちゃ好きってなんやねんっ!ハッキリしたらんかいっ!!ファンかファンやないんか…どっちやっ!?」
「お、おぅ…ファン…やな…」
「ならそれでええっ!俺もや」
「…なんやコイツ?」
男がキョトンとして柔に訊いた。
「コイツの事に関しては謝るわ…スマン」
なんでやねん!どういう意味やっ!!
そんなこんなで明日に持ち越された決戦。
柔が立ち去る連中に…リーダー格の男に声を掛けた。
「おい!俺は暮石 柔…お前の名前は?」
「…金木泰男」
「わかった。明日な…金木」
それに対し金木と名乗った男は、鼻で笑うような仕種だけを残し、何も答えないままで去って行った。




