第1章8話:再戦
武道場と呼ばれる場所は図書館の反対側、本棟の近くにある建物で、大きさは図書館と同じくらいであった。
中央には実際に戦う場所となる広間があり、天井はここまで高くする必要があるのかと言うほど高い。
壁には殺傷力を抑えたような、刃を尖らせていない様々な武器が立てかけられている。
これで実戦訓練でもするのであろうか。
周りには観客席のようなスペースまで用意されていた。
「ここは武道場だ。毎年ここでそれぞれ戦士を希望する生徒を対象に模擬戦闘を行う武踏会を行い、優秀な生徒は名誉ある称号とともに、学園対抗戦に出場する権利を与えられる。もちろん授業でもここは使われる」
ルナによるとトーナメントのようなことを、この武道場で行うとのことらしい。
そもそも戦士を希望するということがよくわからないが、おそらくは進路のような物だと俺は考える。
就職を希望するか、学校へ進学し勉強に励むかといった選択を迫られるのであろう。
オークが人間界になじむのであれば、腕っぷしの強さを生かして戦士になるのだろうか。
俺としてはあまり乱暴な仕事についてほしくはなく、土木建築や重いものを運ぶ仕事についてほしい。
そのためには俺が人間界に馴染んで、魔物として忌み嫌われているオークという生き物について理解してもらう必要があるのだ。
「武踏会ねぇ。僕はあまりやりたくないかな。汗臭そうだし」
リンペイはあまり乗り気でないことを言っていた。
こいつのそっくりさんの林平という男は、格闘ゲームが好きであったがリアルのこととなると同様のことを言っていたのかもしれない。
俺としては自分の力を合法的に証明できるいい機会であり、種族の特徴を知ってもらえるのではないかと考えた。
「俺は参加を前向きに検討しておこう」
「さすがオークキングだね。こういう場こそ、君に相応しいのだろう。僕は君の活躍でも見ながら水でも飲んでおこうかな」
「その時はお前が俺にアドバイスをしてくれ。そういうことなら得意だろ」
「やれやれ。僕まで参加者になっちゃうじゃないか」
俺とリンペイは他愛のない会話で盛り上がると、そういえばルナが見当たらないことに気づいた。
役目を終えてさっさと帰ったのだろうか。
「ルナはどこへ行ったんだ。帰ったのか」
「いいや、彼女が挨拶もなしにどこかへ行くなんてありえない。きっとすぐに戻ってくるよ」
リンペイがそう言ってからしばらくすると、奥にあった倉庫のような場所からルナが歩いてきた。
だがその姿に俺は驚く。
全身を制服から灯りを受けて輝く白銀の胸鎧へと着替え、手には前持っていたバックラーのような小さな盾ではなく、自分の体を十分に覆って守ることのできる巨盾があった。
顔からは真剣な眼差しを伺うことができ、その視線は俺へと注がれていた。
「……どうやら、何かあるようだね」
「そうらしい。どう考えてもややこしいことが起きそうな気配がな」
ルナが鎧が擦れる音を鳴らしながら、こちらにゆっくりと向かってくる。
俺はとりあえず何が起きてもいいようにすっと身構えた。
「一体どういうつもりだ。物騒なことが起きそうなんだが」
「君達は、我々と同じリーベカメラード学園の生徒だ。これから学びともに研鑽する仲間だ。だがそれ以前に種族が違う。そしてここは人間が学ぶことを前提としている」
「何が言いたいんだ」
「今一度、私と君達との間でその関係をはっきりさせる必要がある。特に君は危険だ」
「私怨か?」
「それも少しはある。あの時の敗北は私にとっての汚点だ。だからいつか力をつけた時、もう一度戦うことを誓っていた。こんな早くに再会するとは夢にも思ってなかったがな」
ルナは自嘲気味に言った。
「だがそれ以上に貴様のような魔物をのさばらせるわけにはいかないのでな」
「あの時お前をぶん殴ったことがこんなことになるなんてな」
不可抗力とは言えあの時の出会いについて俺は後悔した。
「それに君達が、あの秘密を洩らさないとは限らない」
「さっき信用したって言ったのは君の方じゃないのか。僕の方からもダイゴのことはよく見ておくって」
リンペイが必死に訴えるもルナは顔を俯けて聞き入れる様子はない。
「ああ、少しは信用している。だが……」
ルナは苦悶の表情を浮かべている。
彼女の中で何かがせめぎあっているのだろう。
リンペイは約束をたがえるようなことはしない男であるが、ルナ自身は学園の秘密を漏らしてしまった責任があり、それが何か大きなことに発展してしまうのではないかと恐れているのだろうか。
「何を言っても無駄だ。あいつの言う通り、はっきりさせる必要がある」
俺はブレザーを脱いで、窮屈なシャツを脱ぎ捨てて舞台の上に立つ。
「ダイゴ、気を付けて」
リンペイが心配そうに俺を見送るので、俺は軽く手を上げて返事をする。
ルナの方も大きな盾とともに舞台へと上がっている、ずっしり構えながら俺の方を見つめていた。
俺は軽く飛んだり、準備運動をして体をほぐす。
「学園の平和は私が守る。貴様達はおとなしくしてもらう」
「俺達は悪者って感じだな。仕方ない。ラウンドツーってやつか。相手になってやる」
俺とルナの距離は十分離れていることを確認すると、俺は身をよじって右腕に力を籠める。
足元より衝撃波を放ち、空気が振動していた。
「この一発で寝ていてもらう。この前みたいにな。ギャラクティカ……」
「させるか!」
俺が渾身の右ストレートを放つ前に、ルナがその重装備に似合わない速度で近づいて大盾で俺を殴りつけた。
「前のようにあっさりと早々にやられるわけにはいかないのでな」
攻撃を中断し俺は軽い身のこなしで回避に集中する。
「でかい図体の割にはよく動く」
「あんたの方もな。女にしてはでかくて早い」
俺は何気なく褒めたつもりであったが、ルナは顔を赤くして感情的になる。
「き、き、貴様! なんて失礼なことを! やはり貴様は許せん」
俺はルナがなぜここまで怒っているのか見当がつかないので、リンペイの方を見る。
リンペイは呆れながら答えた。
「相手は女性だよ。そういうことを一番気にするんじゃないかい」
いまいちよくわからなかったが、ルナの攻撃がさっきより苛烈になる。
盾を勢いよくぶん回したり、隙を見て盾を構えて突進をしてきたので、交わして回し蹴り加えようとする。
しかし大盾は想像以上に頑丈であり、盾越しに吹っ飛んだりはせずそのまま弾かれてしまう。
その硬直を狙われて思い切り盾で腹を殴られ、酸っぱい胃液が口の方に逆流した。
「くっ。やるじゃねえか」
俺は口からあふれ出た胃液を勢いよく吐き出して口を拭た。
「私の方もこれまで鍛錬をかかさなかった。この時に備えてな」
俺はその言葉を聞いて何かが燃え上がるような感情になる。
「上等だ。そういう熱い戦いは俺も好きなところだ」
体に流れている対戦を求める生来の血が、この戦いの出会いによって激しく駆け巡る。
「ああ、簡単にやられてもらっては拍子抜けだったさ。だがこれでどっちが上かはわかったじゃないか。降参するなら今のうちだぞ」
「何言いやがる……俺が本気を出していたとでも思っていたのか」
俺はルナの余裕で勝ち誇った顔を睨みつける。
「だったら今すぐ本気で来たらどうだ!」
ルナが盾を振りかぶって俺めがけて渾身の力でぶつけてくる。
直撃すると大怪我になるのは間違いない。
「あんたの方から言ってきたんだ。二度目はないぜ!」
俺はその大ぶりな攻撃を待っていたといわんばかりに、飛び退いて交わした後、勢いをつけてラリアットを放つ。
ラリアットは盾によって阻まれてしまうが、ルナの方に多少の衝撃が加わったのか足を擦らせながら踏みとどまる。
ルナは盾を持つ右腕を必死で押さえていた、まだあの時の痛みが残っているようだった。
「これくらい!」
「ああ、これくらいで終わりじゃねえ!」
衝撃に耐えているルナに素早く駆け上がり大きな盾の横をすり抜けて、ルナの胸ぐらを掴んだ。
「何!? 貴様!」
「これで終わりだ」
俺は頭を大きくのけぞらせた後、自慢の石頭でルナの頭部に頭突きをした。
「うっ……」
「ケイ・オー。俺の勝ちだ」
ルナは大きくよろめいて呻き声を上げて、頭を押さえながら片膝をついて跪く。
頭から血は出ていないようだが、赤く大きく腫れあがっていた。
「まだだ……まだ奥の手は……くっ……」
ルナは俺を睨みつけながら立ち上がろうとするが、動きがおぼついていない。
「勝負あり。これ以上は続行不可能だよ。ダイゴの勝ちだ。さぁ、ルナさん。すぐに医務室へ」
「断る……自分のことくらいは、自分で……」
ルナは頭を押さえながら必死で立ち上がろうとするも、すぐに態勢を崩して倒れそうになる。
リンペイは慌てて駆け寄り必死に支えようとした。
「そうは言ってもふらふらじゃないか。ダイゴも手伝って」
俺が近づこうとして手を差し伸べようとすると、ルナはその手を払い落とした。
「私の負けだ。貴様から、情けを受け取る……つもりはない」
「俺もやりすぎてしまった。真剣勝負とはいえ俺とあんたは種族も体格も違う。それを忘れてしまってつい熱くなっていた」
いくらルナが鍛えていても体は脆弱な人間であり、オークの強靭で頑丈な体とはそもそもが違うのだ。
だから人間は技を洗練させてその差を補おうとしている。
「この期に及んで、そのようなことを……」
ルナは悔しそうに歯ぎしりをしながら呟く。
「言っているだろう、私の負けだと。オークは負けた者には容赦しないと聞く。そもそもこの戦いは自分から挑んだ戦い、甘んじて受け入れるつもりだ。」
ルナの誇りを敗者としての辱めを受けることで必死に守ろうとしているのがひしひしと伝わる。
どのような苦痛でも受け入れると言わんばかりに、唇を噛みしめながら俺を睨みつけていた。
「……俺はそういうのは好きじゃねえんだよ。力で打倒したからって野蛮に支配するってことがよ。支配ってのは誇りの殺人だ」
俺はむっとして素っ気なく返事をした。
ルナの持つ覚悟と言うものを垣間見たような気がする。
オークの欲求を満たすために暴力を振りかざすという行為自体は元から好きではなかった。
悪しき風習でありそれが原因で誤解を招きやすいからだ。
「……貴様からの情けは受けない。それだけだ」
ルナは頑なに俺からの申し出を受けとろうとせず拒絶する。
自らの唇を噛んでいる強さがさらに強くなっているのか、口から血が頬を伝って流れていた。
自分から戦いに挑んで、準備をしたというのに負けた自分を恥じているのであろうか。
「……わかった。お前がそれ以上言うなら、俺も何も言うまい」
俺はルナのことを察して、仕方ないとルナからの拒絶を受け入れた。
「ダイゴ!? なんてことを言うんだい。ここはなんとしても僕達の方で世話を見るべきだよ」
リンペイが驚いた顔で俺に提言する。
「彼女は僕達の班長だ。今回のことでも色々世話をしてくれたじゃないか。確かに君からしたらあまりいい印象はなかったかもしれないけどさ」
「違う。そういうことはそもそも気にしていないんだ」
リンペイの言葉を遮って俺は静かに言った。
「これはあいつの問題だ。あいつの誇りが俺達、部外者の手から学園を守りたいという意思がある。それで無理な勝負を挑んできて、またこういう形になってしまった。二度も魔物から情けを受けたくないんだろう」
「そんな! だからと言って」
「リンペイ。何度も言うがこれはあいつの問題だ。あいつが魔物という存在を憎む以上、少なくとも俺とあいつはわかりあえない」
俺は吐き捨てるようにルナから背を向けて、窮屈な制服へと再び着替えて武道場から出ようとする。
リンペイはルナのことを心配そうに声をかけて、時折振り返りながら俺についていく。
「俺はこれからあいつとはできる限り関わらないことにする。きっとあいつもそうなることを望んでいるんだろう」
「ダイゴ……」
俺は背後に聞こえるルナの悔しそうな呻き声を背中から聞きながら、その場を跡にした。
時折立ち上がろうとしてもまた崩れて鎧が擦れる音が響く。
入学初日からいきなり仲が悪くなったもんだ、と自嘲する。
最初から人間と打ち解けて、長い間友好関係を築けるなんて甘い考えが通用するはずがなかったのだ。